エレベーター(前半)

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駅から徒歩10分程のところに 高層マンションの立ち並ぶエリアがある。 数年前までは未開拓の地であったが、 都市開発が急激に進められ、 今ではほとんどの部屋が埋まっている。 近くにはショッピングモール、役所、 小学校、自然公園、映画館、図書館と 一通り揃っており、暮らしやすい。 最新の防犯・防災対策はバッチリで、 24時間受取可能な宅配ボックスを完備し、 専用フィットネスジムは使い放題である。 各部屋も日当たり良好で収納豊富、 キッチンは広くて清潔感があり、 防音壁なので隣人の音は全く気にならない。 ここまでの好条件が揃っていながらも、 価格自体は良心的であるのだから、 ここに住まない理由はない。 実際にごく普通の独身サラリーマンの 僕でも住めている。 事故物件、心霊現象、欠陥工事の類いを 心配していたのだが、 今のところどれも当てはまらない。 よっぽどの理由がない限り ここに住み続けるつもりである。 とある日、共用スペースの掲示板に こんな貼り紙がされていた。 「近日中に新規入居者あり」 どこの階に越してくるのか知らないが、 隣の人すら知らないこのご時世。 あまり気に留めていなかった。 数日後、出勤のために 朝早くエレベーターを待っていた。 僕の部屋は17階なので、 メンテナンスか停電にならない限りは エレベーターを使用する。 上層階から降りてきた大きな箱の扉が 僕の前で滑らかに開いた。 先客は見知らぬお爺さんだけだった。 邪魔にならない隅っこで 何故か折り畳み式の椅子に腰掛けていた。 「おはようございます。」 一応挨拶をしてみたが返答は無く、 そのまま背を向けて階数ボタンを押した。 ワイヤーの巻き上げられる音だけが 妙に大きく聞こえてくる。 僕はこの沈黙空間がとても苦手なのだが、 結局一度も開くことなく一階に辿り着いた。 扉が開き切るより前にそそくさと降りると、 お爺さんを残したまま再び上がって行った。
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