目覚めたら……

1/1
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

目覚めたら……

 カーテンから朝日が差し込み、眩しさに目を覚ますと、なんとなく体が軽いような気がした。さらに、ゆっくりと身を起こすと、ぴったりだった服がだぼだぼになっている。  そのことに疑問を感じながら辺りを見渡すと、隣で寝ていた雪晴がちょうど目を開けるところだった。 「宮坂、おはよう」  まるで声変わりをしている最中のような、高音と低音が入り交じる掠れた声が口から出てきた。また違和感を覚えたが、寝起きなのと慣れない飲酒のせいだと思い込もうとする。  ところが。 「ん……?その声は、誰だ?……君、眼鏡はその辺にないか」  雪晴も奇妙に感じたらしく、寝る時は外している眼鏡を探しながら怪訝そうにしている。  テーブルの上にあった黒縁眼鏡を差し出すと、それを受け取ってかけた雪晴が蒼を見て言った。 「ん?君、本当に誰だ?」 「え?宮坂、寝惚けているのか?」 「いいや。ちょっと頭痛はするが、私は朝の目覚めはいい方だ。君、海藤はどこに行ったか知らないか?」 「は?いや、俺がそうなんだけど」 「ん?いやいや、君はどう見ても海藤よりずいぶんと若いじゃないか」 「え?」  あの真面目な雪晴が冗談などと洒落たことをするとは信じ難く、また冗談を言っているようには見えない。  困惑しながら何もついていないテレビ画面に目を向けると、自分の顔に違和感があった。どう見ても、これは。  不思議そうにする雪晴を置いて、慌てて洗面台へ向かった蒼は、その鏡に映った自分の姿に愕然とした。 「何だこれは!?」  蒼が思わず絶叫したのも無理はない。そこに映った蒼の姿は、確かに蒼のものではあるが、どう見ても10代のそれになっていた。 「どうしたんだ、君。叫び声なんか上げて」  声を聞きつけた雪晴が、驚きを顕に洗面台へ来る。そして鏡を凝視している蒼をじっくりと眺めると、顎に手を当てて首を傾げた。 「君、どことなく海藤に似ているな。もしかして弟か何かか?それで、肝心の海藤はこんな明け方にもう出勤したというわけか?」  疑問を口にしながら考え込む雪晴。その身長はほとんど変わらないくらいだったはずが、今は少しばかり見上げる位置になっている。  その雪晴を見上げて、蒼は真剣な顔で告げた。 「あのさ、信じられないだろうけど、俺がその海藤なんだ。俺には兄弟がいないって知ってるだろ?」 「……ああ、言われてみれば。だが、にわかに信じ難いな。君があの海藤だという証拠はあるのか?」 「証拠……証拠か……」  思ったより冷静な態度で指摘されたおかげか、少し頭が冷えてきた。しかし、自分である証拠を示せと言われてすぐに用意できる人間がどこに。 「あ」  ふと蘇ったのは、あのコンビニ店員の言葉だ。  ーーええ、これは何でも一つ願いを叶えるお酒です。満月の夜……ちょうど今夜ですね。これを飲んで眠ると願いが叶うんです。 「あの店員」 「ん?」  証拠になるかは分からない。しかし、自分が海藤蒼だと証明するには、あの店員に話を聞きに行けばいいのではないか。  そう、きっとこの奇妙な現象はあの酒以外にはありえないのだから。  閃いた蒼は、雪晴の腕を掴んで引いた。 「ちょっとついて来て。あの人に会えば分かる」 「あの人?おい!私は今日仕事で……」 「まだこんな時間だ。今から出かけても間に合う。それに、俺も部長に事情を説明しないといけないんだ。宮坂にはいざというときの証人になってくれ」 「はあ……?」  今ひとつ状況が飲み込めないながらも、雪晴は振り払うことなくついてきてくれた。  そして、朝焼けが目に染みる早朝の街を歩き、目的のコンビニへと二人で向かった。  途中で、もしかしてあの店員はもういないかもしれないと思い当たったが、連絡先も名前も把握していなければ仕方がない。あとは、まだコンビニにいることを祈るばかりだ。  歩き馴れた道筋が長く感じたのは、ひとえに元の姿より多少足が短くなっているせいかもしれない。  やけに時間がかかった気がしながらコンビニに辿り着くと、ちょうど中からあの店員が姿を表した。  服装が制服から私服に変わっていて、一層近寄りがたい雰囲気になっていたが、そんなことに構ってはいられない。 「あの!」  バイクに乗ろうとしていた店員の背中に声をかけると、男は振り返って蒼と、その後ろに来ている雪晴を見た。 「……あれ、あなたはもしかして。これはまた、ずいぶんと」  男はわざとらしく驚いて見せると、バイクからこちらに向き直った。その反応を見るに、やはり憶測は大方当たっているらしい。  そう思った蒼は、男の方にずかずかと近付いた。 「これはやっぱり、あのお酒のせいなんですよね?」 「酒?」  背後から雪晴の怪訝そうな声が降ってきたが、それを綺麗に無視して話を続けることにする。この会話を聞けば、雪晴も察してくれることを祈りつつ。 「ええ、まあそうですね。しかし、あなたのようなパターンは初めてですけど。よっぽど変わった願いだったんですか?いえ、子供に戻りたいという願いは珍しくはないですが、それだけの願いのためにあのお酒は現れませんし」  まるであの酒が意思を持ち、神出鬼没に現れるという言い方が気になりはしたが、その疑問は横に置いておくことにした。  これがあの酒のせいだと分かっただけでも収穫だ。あとはどうやって戻るかだが。 「俺の願いは、初恋の相手にもう一度会うことです。それがどうしてこうなったかは分かりますか?」 「さあ。私に聞かれても分かりませんね。ただ、可能性ですけど、もしかしてその初恋というのが、その年齢の時のことではありませんか?それから、そのお相手というのが、それを望んでいる」 「……?」  前半については納得したが、後半の相手が望んでいるというのはどういうことなのだろうか。  そのことを聞こうとしたが、男はそうそう、と続けた。 「戻る方法は私もはっきりとは言えませんが、少なくとも何かを代償にすることは確かです。今言えることはここまでなので」 「代償?」 「ええ、きっと戻る時に分かるはずです。それはあなたの最も大事なものになるはずですが、果たしてそれを犠牲にしてまで戻りたいと思われるでしょうかね」 「……」 「では、これにて私は失礼します。あ、名前だけ名乗っておきますと、瀬川紅葉(せがわこうよう)と言います。レシートに印字されているでしょうが、一応」 「俺は……」 「あなたは名乗る必要はありません。私はあのお酒を飲んだ人に情を持たないようにしているので」  それだけ言うと、紅葉は謎めいた笑みを残してヘルメットを被り、バイクに乗って走り去った。 「海藤、今の話は」  紅葉がいなくなった後、雪晴の問うような声がした。  少なくとも、ちゃんと海藤だと認めてくれたことに救われた気がしながら、努めて明るく言った。 「さあ、宮坂には部長に説明する時の証人になってもらおうか」   
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!