僕らは透明な虹の下で

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 一歩踏み出すたび、ぬかるんだ土が生々しい音を立てる。ブーツの中に入り込んだ水がもたらす生温かい不快感に顔を顰めながら、僕は重い足を引きずって闇の中を進んでいった。  遥か頭上から無尽蔵に降り注ぐ冷たい雫は、僕の体から確実に体温と気力を奪っていく。  進路が大きく右に逸れ、僕は草の塊の上へ仰向けに倒れこんだ。息はそれほど乱れていないが、冷えと疲労に支配された体はすでに言うことを聞かなくなっていた。  鼻の中に草木の臭いを目いっぱい取り込み、ゆっくりと吐き出しながら目を閉じる。  瞼の裏に故郷の村と、住み慣れた家の風景が淡く浮かんでは消えていく。二度と帰ることはないであろう場所でも、追い込まれれば思い出すこともあるらしい。まだ二日しか経っていないのに、村を出たのが遠い昔のことのようだ。  僕の旅立ちを見送る者はいなかった。隣人はおろか、家族すらも。  当然か、と僕は自嘲気味な笑みを浮かべる。何も不思議ではない。“蒼玉の月”に青い目を持って生まれたときから、いずれこうなることは決まっていたのだ――  「大丈夫か?」  不意にかけられた声に驚き、僕はぴくりと体を震わせた。まだ幼さの残る少女の声だ。  目を開けても、声の主の姿をすぐに捉えることはできなかった。暗闇に目を凝らすと、徐々にひどく小柄な影が浮かび上がる。僕を見下ろしていた影はおもむろに腕を伸ばし、小さな手を僕の額に添えた。  「立てるか?」  額からするりと手が離れていく。少なくとも、声の主は人らしい。額に触れた感触は柔らかく、体の奥まで染み入りそうな温かさがあった。
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