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「・・・みき、くん」
「ん?」
「気分、悪い」
「は?」
そうだ、後から酔いが回るクチだった。
口元を抑えだしたのでタクシーを止め、金を払って道端で由美亜の体を支える。
「お前、そんなに飲んだか?」
「2杯・・・・3杯?」
あの紅茶みたいな酒、意外と強かったのか?
「吐くか?」
「・・・・此処で? ・・・ヤだ」
普通に2車線の道路。植え込みの向こうは中学校で、だからといって灌木の根元に吐くのが平気なヤツじゃない。
「俺んちが近いけど、ウチで吐くか?」
「・・・・・・ごめん、なさい」
「いいって。歩けるか?」
腕を取るとふらふらと歩き始める。
薄手のダウンコートの生地とセーターが滑るから、背中に腕を回し抱えるようにしてしっかり支えた。
「幹くん、ごめんね・・・? いつも」
「いつも、って。2回目だろ」
1回目はクリスマスイヴ。デートが上手くいかなかったのか、完全に酔っ払った由美亜が『女子会の帰り』だと言い張って突然、「今、幹くんちの前」と電話してきた。
なんかワケありっぽくて泣きそうになってたから、黙って泊めてやった。俺は当然ソファで寝たが、翌朝しらふに戻った由美亜は酷く狼狽えて、母親にも言うなと俺に口止めした。
「今日は、デートじゃなかったの?」
「今日“も”デートじゃなかったよ。突っ込まないでくれ」
ちなみにクリスマスもデートの予定はなかった。会社に入りたての頃は彼女が居たが、お互い忙しくてすれ違い続きで別れた。
それから深い付き合いの女は居ない。知ってるだろ? 母親情報で。
「ねぇ、幹くん」
「なんだ? ほら、着いたぞ」
これ、酔った女を連れ込む図だよな。マンション内のつきあいは無いし俺は良いけど、実家近いから知ってる人間が通りかかったら見られて困るのは由美亜だ。
促してエントランスをくぐるも、由美亜の足はそこで止まった。
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