第二章

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到着を告げる音が鳴り、エレベーターを降りて廊下を進もうとした夜華は正面から向かってくる男に目を留めた。真波だ。 「ああ、お帰りおひいさん。また随分と赤くなってるね」 血で汚れた夜華の頬に躊躇いなく触れると、優しく撫でる。おひいさんとは、真波の夜華の呼称だ。夜華が幹部になってからは下への示しがつかない為か二人きりか、夜月がいる場でしか呼ばれない。 真波には何の意味も込められているわけではないかもしれないにしても、まるで未熟者の代名詞のような響きだ。が、事実夜華は真波の実力に勝ってはいない。知略も武術も、全てが真波が上だ。その現状を一切憂う気持ちがないわけではないが、夜華は受け入れていた。 夜月への報告が終わり次第会いに行こうとした真波に出くわした事で手間が省けたと、夜華は構わず話をする。 「お前の言った通り、襲撃された。まだ部下に吐かせてる途中だが、あのナイトクラブが高槻に泣きついたのは間違いないだろう」 「おひいさんに先に送ってもらった名簿に名前がある事自体は、あそこが何処でも関係なく受け入れてた中立区だったからおかしくはないんだけどね。あのナイトクラブのある場所を納めていた藤宗とは高槻の方が懇意にしてたし。それにあそこは利益価値の高い所だから、俺達に大人しく渡してくれるわけはないよね」 高槻とは、夜月が支配するペッカオリギと日本を二つに分割する組織だ。東日本をペッカオリギ、西日本を高槻と、ペッカオリギと並ぶ巨大組織である。 今回、夜華が出向いたナイトクラブがある土地は、現在のペッカオリギの本拠地と隣接していたが、今まで侵略は据え置いていた。藤宗は立場的にはマフィアを名乗っていたが、どの組織にも加担せず争わない中立の立場を取り続けた中立組織だったからだ。不可侵を条件に娯楽を提供し、時には求められればどの組織とも懇意にある利を生かして仲介を務める。立場に関係なくマフィア、情報屋、殺し屋、金貸し等、あらゆる人間が集う歓楽街はビジネス地としても発展している。 利害関係と歓楽街に関係する組織同士の牽制。その二つで今まで歓楽街は不可侵領域として守られてきた。それを、機は熟したと判断した夜月が命を下し、ペッカオリギが壊したのだ。 「中立なんて名乗ってても最近じゃあそこは高槻に傾いてたし、中立って名前が泣いちゃう現状だったからこっちにしては色んな意味で都合が良かったんだけどね。情報提供とか高槻に有利なように流されていた事もあったし」 楽し気に笑いながら真波は夜華を抱きしめるとの柔らかな胸へと顔を埋め、思うままにぐりぐりと動く。慣れている夜華は気に留めずに真波の好きにさせていた。 「あんなに小さかったのにこんなに立派になって。柔らかいし大きいし、本当によく育ったね」 「お前は気味が悪いくらい変わらないがな」 夜華と夜月が真波にマフィア組織に引き込まれてから既に十五年が経った。五年前、まだペッカオリギがアウルムと呼ばれていた頃に幹部だった真波協力の元に二人は下剋上を起こした。 全ての始まりであるタトゥーはそのままに、組織の名だけを改めた。ペッカオリギ――peccatum originale《原罪》を由来にしており、神に背いたアダムとイヴを皮肉り、神に背く者という意味が込めてある。 夜華と夜月が名乗っている立花の姓は組織に入ってすぐに真波が「俺のお気に入りって証」と称し、二人に与えたものだ。
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