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1.「ちょっと見せてよ」
旧校舎の2階の図書室。古く、本の香りが漂うこの部屋は、辛気臭いという理由で、あまり生徒が寄りつかない。
だから、放課後、ここはわたしたち文芸部の城。
机の上にルーズリーフのファイルを広げ、書き物をしているわたし・蒼井華乃の正面には、デジタルメモのキーボードを打つクラスメイト・梶拓篤の姿がある。長めの前髪が黒ぶちメガネにかかっていて、表情はよく分からないものの、集中している雰囲気は伝わって来る。
文芸部の部員は本当は5人いるのだけど、残りの3人は幽霊部員。
わたしの通う、この私立高校は、全員必ずどこかの部活に入部しなければならない決まりになっている。幽霊部員の先輩3人は、名前だけを登録して、実質は帰宅部というわけだ。
今現在、真面目に部活動をしているのは、わたしと梶君の1年生2人だけ。
(梶君、集中してるなぁ……)
ぼんやりと梶君を見ていたら、
「……何?」
梶君が顔を上げた。
「あっ、なんでもないよ。集中してるな、って思って見てただけ」
慌てて手を横に振ると、
「蒼井さんは集中力が切れたの?」
と問いかけられた。
「うん、行き詰っちゃった」
わたしは苦笑いを浮かべる。わたしがルーズリーフに、梶君がデジタルメモに、書いているのは小説。いい調子で書き進めていたけれど、ストーリー展開に行き詰り、わたしの手は止まってしまっていた。
「ふぅん……。それなら、ちょっと見せてよ」
梶君はデジタルメモを横によけると、ルーズリーフのファイルに手を伸ばした。
「あっ……待って、まだキリのいいところまで書いていないから…………」
わたしが止めるよりも早く、梶君はファイルをさっと手元に引き寄せてしまう。
「前読ませてもらったのは、もう少し前のページだったかな」
梶君はパラパラとルーズリーフをめくると、手を止めた。眼鏡越しの真剣な瞳が、わたしが書いた文章の上に注がれ、左から右、左から右へと動いている。
(ううっ、恥ずかしい。自分の小説を人に読まれるのは、慣れないよ……)
そもそも、わたしは、誰かに読ませるために小説を書いていたわけじゃない。文芸部に入ったのだって成り行きだし。
わたしは、文芸部に入るきっかけになった出来事について思い返した――。
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