5.「代わりに打つ!」

3/23
前へ
/134ページ
次へ
「うん。そうだよ。来月、締め切り」  梶君はあっさりと肯定した。わたしは梶君の方へ身を乗り出すと、 「完成したら読ませて欲しい!」 と勢い込んで言った。 「『霧島悠』の新作、読みたい!」  すると梶君は、 「発売前の小説だからなぁ……。そもそも、新作が出るのも、まだ未発表だし」 と困った顔をした。やはり、問題があるのかもしれない。 「ああ~、やっぱり無理かぁ。それはそうだよね。ごめん」  わたしは椅子の背もたれに体を預けると、溜息をついた。 (あわよくば、真っ先に読ませてもらえたらいいなって思っていたのに)  梶君はがっかりしているわたしを見て苦笑した。 「……そんなに読みたいの?」 「読みたいよ。だって、好きなんだもの」  そう言ったら、梶君は息を飲んだ後、ふいと横を向いた。 「……好きって…………」  ぼそっと声が聞こえてくる。 「あ、いや、好きって言うのは、『霧島悠』の小説が好きって意味で……」  なぜかわたしは動揺し、両手を激しく振った。 「…………」 「…………」  お互いに、無言になる。  最近、わたしたちは、こんな風にギクシャクとした雰囲気になることがある。 「あ、あのさ……」  気まずくなってしまった雰囲気を壊すように、梶君が口を開いた。 「今週の日曜日、何か予定ある?」 「今週の日曜日?特にないけど……」  「なんだろう」と思いながら答えると、 「俺と一緒に出かけない?ちょっと行きたいイベントがあって。たぶん、蒼井さんも楽しめると思う」 梶君はそう言ってわたしを誘った。 「イベントって?」 「それは……行ってからのお楽しみってことにしとく」  梶君は唇に指を当てると、悪戯っぽい表情で微笑んだ。   *
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!

143人が本棚に入れています
本棚に追加