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列の端まで来ると、今度は隣の列に入り、また順番に長机の上を見て行く。そうして、何度か列を通り過ぎた時、
「あっ!」
わたしは会場の一角に、見知った顔を見つけて声を上げた。梶君がわたしの声につられたように視線を向け、
「あ、松峰先生だ」
と意外そうにその人の名前を口にした。
わたしたちはスペースまで近づいていくと、なかなか人が立ち寄ってくれないのか、退屈そうにしている先生に、
「先生!こんにちは」
「こんにちは」
と声をかけた。突然わたしたちに声をかけられた松峰先生は目を丸くして、
「蒼井さんと、梶君!どうしてここにいるの?」
と驚いた声を上げた。
「2人で『文学マーケット』を見に来たんです。先生こそ、どうしてここにいるんですか?見たところ、出展者みたいですけど……」
梶君が小首を傾げると、先生は、
「いやー、ははは……バレちゃったかぁ」
と困ったように頭をかいて笑った。
「私、大学時代から『文学マーケット』に毎年参加しているの」
「どうりで……。文芸部の本を作ってくれた時、手慣れてるなと思いました」
梶君が納得した表情で頷く。
「先生、高校時代、文芸部だったって言ってましたもんね。今でも、小説書いてたんですね」
わたしが感心したように言うと、松峰先生は、
「実は、文学賞に投稿なんかもしてるんだけど、全然引っかからないのよね」
と恥ずかしそうな顔をした。
「えっ、先生、小説家を目指しているんですか?」
びっくりして問いかけたら、
「なれたらいいなぁ~とは思ってるけど、なかなか難しいよ」
と先生は肩をすくめた。そして、梶君の方を向くと、
「だから、梶君はすごいと思う。『霧島悠』の本、私、好きだよ」
と言った。
「えっ……」
松峰先生の口から自分のペンネームが飛び出し、梶君が戸惑った表情を浮かべた。
「先生、梶君が『霧島悠』だって知ってたんですか?」
驚きの連続だ。わたしが先生に尋ねたら、先生は「うん」と頷いた。
「蒼井さんは知らない?3年前、中学2年生の子が小説家デビューしたって、かなり話題になったのよ。新聞や雑誌にインタビューが載ったりして。わたしは何かの雑誌でそのインタビュー記事を読んで、写真も見ていたから、文芸部の顧問になって梶君に会った時、すぐに梶君が『霧島悠』だって分かった。でも、梶君はそのことを隠してるみたいだったから、今まで言わないでいたんだけどね。こないだの文化祭で、バレちゃったんでしょ?」
「俺が小説家だってことはバレましたけど、『霧島悠』だってところまではバレてなかったんですけど……」
梶君は先生に向かって、困った顔をみせる。
「あ、そうだったの?ごめんねぇ、てっきり情報解禁だって思っちゃった」
松峰先生は両手を合わせて謝ったけれど、あまり反省している様子はない。
「学校では、あまり言わないでもらえると……」
いくら吹っ切れたからと言って、言いふらされるのは避けたいらしく、梶君は先生にそうお願いをした。
「オッケー、言わない」
先生は親指と人差し指で丸を作り、わたしたちに見せた後、
「その代わり、私が『文学マーケット』に出てたことや、小説家志望だってことも内緒にしてね。他の先生や生徒に知られたら、面倒くさいし」
片目をぱちんとつぶった。
「分かりました」
「言いません」
わたしと梶君は頷いて、先生と約束をした。
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