5.「代わりに打つ!」

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「ところで、先生はどんなお話を書いているんですか?」  わたしが尋ねると、 「ファンタジー小説だよ。私『ハリー・ポッター』みたいな話が好きなの」 先生は楽しそうにそう言って、机の上の本を一冊手に取り、渡してくれる。文庫本サイズで、メルヘンチックなイラストの表紙の本だ。 「良かったら、これあげる。新刊だから」 「えっ!そんな、ただでもらえませんよ」  わたしは首を振ったけれど、先生に「いいから」と言って押し付けられてしまった。 「読んでくれると嬉しいから」  先生に笑顔を向けられ、わたしは「それなら……」と本を受け取った。 「先生、既刊全部下さい」  わたしたちのやり取りを見ていた梶君が、おもむろに先生の机の上を見回すと、 「シリーズものですよね。どうせなら、最初から全部読みたい」 と言った。 「そんな嬉しいこと言ってくれるの?」  先生はパッと顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。 「いくらですか?」 「生徒からお金もらうの気が引けるから、いいよ。全部一冊ずつ持って行って」 「えっ、そんな」  梶君は慌てて財布を取り出そうとしたけれど、それよりも早く先生は本を集めると、彼の手を取って、その上に乗せた。 「営利目的でやってるわけじゃないし。私はただ、自分の作品を、人に読んでもらうことが嬉しいの。今はね、プロにならなくても、こういうイベントや、ウェブの投稿サイトもあったりして、創作発表の場はいろいろ用意されてるのよ。私は、小説家になれればいいなって思う気持ちもあるけど、こうして自分の作品を発表することが出来て、それを読んでくれる人が1人でもいれば、幸せなの。本をもらってくれてありがとうね」  先生の幸せそうな笑顔を見て、わたしは胸がいっぱいになった。先生の言う気持ちが、今はわたしにも分かる気がする。  「……それなら、これはいただいておきます」  梶君は大人びた笑みを浮かべると、先生から受け取った文庫本を大切そうにカバンにしまった。 「『文学マーケット』楽しんでね」 「はい!」 「先生も頑張ってください」  手を振って見送ってくれた先生に手を振り返し、わたしたちはその場を離れた。
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