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注目を浴びていることを努めて気にしないようにしているのか、梶君は飄々とした表情に戻ると、自分の席へと歩いて行ってしまった。わたしはその後を追うと、
「ねえ、本当に大丈夫?手を怪我していて、不自由ない?わたし、何か手伝えることない?」
と梶君に問いかけた。
カバンを机の横にかけて、椅子に腰を下ろした梶君は、わたしの顔を見上げると、
「実は、困っていることが一つだけある」
と言った。
「何でも言って」
「キーボードが打てない」
デジタルメモやノートパソコンのことを言っているのだと分かり、ハッとした。
「もしかして、小説が書けない……?」
「うん。原稿の締め切り、来週なんだ」
「ええっ!」
「編集さんに言って、締め切りを伸ばしてもらおうかと思ってるんだけど、迷惑かけるのが申し訳なくて」
溜息をついた梶君を見て、わたしはとっさに、
「じゃあ、わたしが梶君の代わりに打つ!」
と言っていた。
「俺の代わりに?」
「ええと、口述筆記っていうやつ?梶君が喋ってくれた内容を、わたしが打ち込んでいけばいいんだよ」
「口述筆記か……」
梶君は少し考え込んだ後、
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
と微笑んだ。
「もちろん!」
「今日は蒼井さんは合唱部だっけ。明日の放課後、俺の家に来れる?」
「行くよ。どこにでも行く」
こくこくと何度も縦に頷くと、梶君は、
「ありがとう」
と微笑んだ。
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