5.「代わりに打つ!」

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(今度、クッキーを焼いて、持って来てあげようかな……)  そんなことを考えながら、ひとしきりケーキを食べた後、 「さて、始めようか」 と梶君はローテーブルの上に準備してあったノートパソコンを片手で引き寄せた。 「デジタルメモのデータは移してあるの?」  「いつもの小さなデジタルメモじゃないな」と思って問いかけると、梶君は、 「うん、そう。編集さんにはデータをメールで送るから」 と答えてくれる。左手で画面を開けると、電源を入れ、ワープロソフトを立ち上げた。 「とりあえず、新規ファイルで入力してもらう。後でチェックして、原稿にくっつけるよ」 「チェックは出来そう?」 「包帯を巻いているのは薬指と小指だけだし、それぐらいなら大丈夫」  パソコンをわたしの方へ向けると、梶君は頷いた。  わたしはソファーから降りてローテーブルの前に正座をすると、パソコン画面に向き合った。キーボードの上に手を添え、準備を整える。 「準備オーケー。いつでもどうぞ」  梶君の顔を見上げて促すと、梶君は一度頷いて、 「じゃあ行くよ。……『ワルキューレは地上に降り立つと、英雄エインヘルヤルの前に立った。魂をヴァルハラに集めて、戦わせるためだ』……」 と語り出した。わたしは、梶君の言葉を一言たりとも聞き逃さないよう、耳に神経を集中させ、キーボードを叩く。 「……『エインヘルヤルはワルキューレに訴えた。地上には家族がいる。彼らを残してヴァルハラには行けないと』……」  梶君は言葉を探すように、時々考え込みながら、ゆっくりゆっくりと物語を紡いでいく。わたしはいつの間にか、その物語に引き込まれ、夢中でノートパソコンに文字を打ち込んでいた。
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