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(今度、クッキーを焼いて、持って来てあげようかな……)
そんなことを考えながら、ひとしきりケーキを食べた後、
「さて、始めようか」
と梶君はローテーブルの上に準備してあったノートパソコンを片手で引き寄せた。
「デジタルメモのデータは移してあるの?」
「いつもの小さなデジタルメモじゃないな」と思って問いかけると、梶君は、
「うん、そう。編集さんにはデータをメールで送るから」
と答えてくれる。左手で画面を開けると、電源を入れ、ワープロソフトを立ち上げた。
「とりあえず、新規ファイルで入力してもらう。後でチェックして、原稿にくっつけるよ」
「チェックは出来そう?」
「包帯を巻いているのは薬指と小指だけだし、それぐらいなら大丈夫」
パソコンをわたしの方へ向けると、梶君は頷いた。
わたしはソファーから降りてローテーブルの前に正座をすると、パソコン画面に向き合った。キーボードの上に手を添え、準備を整える。
「準備オーケー。いつでもどうぞ」
梶君の顔を見上げて促すと、梶君は一度頷いて、
「じゃあ行くよ。……『ワルキューレは地上に降り立つと、英雄エインヘルヤルの前に立った。魂をヴァルハラに集めて、戦わせるためだ』……」
と語り出した。わたしは、梶君の言葉を一言たりとも聞き逃さないよう、耳に神経を集中させ、キーボードを叩く。
「……『エインヘルヤルはワルキューレに訴えた。地上には家族がいる。彼らを残してヴァルハラには行けないと』……」
梶君は言葉を探すように、時々考え込みながら、ゆっくりゆっくりと物語を紡いでいく。わたしはいつの間にか、その物語に引き込まれ、夢中でノートパソコンに文字を打ち込んでいた。
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