5.「代わりに打つ!」

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 一時間ほど、口述筆記を行った後、梶君が、ふっと息を吐いた。どうやら、疲れて集中が途切れたらしい。 「蒼井さん、大丈夫?疲れてない?」  梶君がソファーの上から前かがみになり、わたしの顔をのぞき込んだ。その近さに、ドキッとする。 「ちょっと疲れた……かな」  どぎまぎとしながら正直に答える。 「そうだよね。こんなこと頼んでごめん」  謝った梶君に、わたしは慌てて首を振った。 「ううん、むしろオイシイよ。だって『霧島悠』の新作を、いち早く聞けるんだもの。今回は、北欧神話をベースにしたファンタジーだったんだね」 「うん、そう」  梶君はわたしの顔をのぞきこんだまま、返事をした。 (梶君、だから近いって……)  メガネの奥の瞳が良く見えて、心臓がキュウと痛くなった。  その痛みを感じたとたん、わたしはふいに「あっ……そうか」と気が付いた。 (わたしは、梶君が好きなんだ)  自覚をした途端、頬がカーッと熱くなった。  梶君の視線を避けるようにうつむく。  梶君は立ち上がると、 「コーヒーのおかわり淹れて来るよ」 と言って、空になったカップをトレイに乗せ、キッチンへと向かって歩いて行った。その背中を目で追いながら、胸をぎゅっと押さえる。 (梶君はわたしのことをどう思っているのかな)  ふと、斎木君に失恋した時のことを思い出した。もし梶君に告白をしてフラれでもしたら、わたしは、きっと立ち直れない。あの時のように、つらい気持ちを抱くのは、もうイヤだ。  せっかく、仲良くしてくれているのだから、このまままの関係を続けた方がいいのかもしれないと思い、わたしはせつない気持ちで溜息をついた。
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