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一時間ほど、口述筆記を行った後、梶君が、ふっと息を吐いた。どうやら、疲れて集中が途切れたらしい。
「蒼井さん、大丈夫?疲れてない?」
梶君がソファーの上から前かがみになり、わたしの顔をのぞき込んだ。その近さに、ドキッとする。
「ちょっと疲れた……かな」
どぎまぎとしながら正直に答える。
「そうだよね。こんなこと頼んでごめん」
謝った梶君に、わたしは慌てて首を振った。
「ううん、むしろオイシイよ。だって『霧島悠』の新作を、いち早く聞けるんだもの。今回は、北欧神話をベースにしたファンタジーだったんだね」
「うん、そう」
梶君はわたしの顔をのぞきこんだまま、返事をした。
(梶君、だから近いって……)
メガネの奥の瞳が良く見えて、心臓がキュウと痛くなった。
その痛みを感じたとたん、わたしはふいに「あっ……そうか」と気が付いた。
(わたしは、梶君が好きなんだ)
自覚をした途端、頬がカーッと熱くなった。
梶君の視線を避けるようにうつむく。
梶君は立ち上がると、
「コーヒーのおかわり淹れて来るよ」
と言って、空になったカップをトレイに乗せ、キッチンへと向かって歩いて行った。その背中を目で追いながら、胸をぎゅっと押さえる。
(梶君はわたしのことをどう思っているのかな)
ふと、斎木君に失恋した時のことを思い出した。もし梶君に告白をしてフラれでもしたら、わたしは、きっと立ち直れない。あの時のように、つらい気持ちを抱くのは、もうイヤだ。
せっかく、仲良くしてくれているのだから、このまままの関係を続けた方がいいのかもしれないと思い、わたしはせつない気持ちで溜息をついた。
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