5.「代わりに打つ!」

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 その週の金曜日と土曜日と日曜日も梶君の家にお邪魔し、わたしは口述筆記を続けた。  週末には、仕事がお休みの梶君のお父さんも家にいて、リビングで寛いでいたので、わたしは初めて梶君の部屋に入らせてもらった。  梶君の部屋は8畳の洋室で、青いカバーが掛けられたベッドと、勉強机、天井まである本棚が置かれていた。本棚には、新書や文庫本、漫画が整然と並べられている。 「すごいね。たくさん本がある」  まるで本屋のような本棚に驚いていると、梶君が、 「気が付いたら集まってた。もう入れる場所が無くて困ってる」 と肩をすくめて笑った。 「梶君、ライトノベルも読むんだね」  興味深く背表紙を眺めていると、 「何か気になるものがあれば貸すよ」 と言ってくれたので、 「本当?じゃあ、梶君のおすすめを貸して」 と頼んでみる。 「うん、分かった」  梶君は頷くと、わたしの隣に立ち、本棚に手を伸ばした。視線より少し高い場所にある新書を数冊取り出す。  前髪がさらりと揺れて、梶君の横顔が見えた。綺麗に整った顔にドキッとして、わたしはパッと視線を逸らした。 「このあたりがおすすめなんだけど……どうかした?」  そっぽを向いているわたしに気が付いた梶君が、不思議そうな顔をする。 「あ、ううん……何でもない」  わたしは慌てて梶君を振り向くと、胸の前で手を振った。  梶君の視線と、わたしの視線が合う。すると梶君は、 「……あのさ、俺…………」 と、何か言いかけて、 「…………」 思い直したように、口を閉じた。 「いや……今はまだいいや」 「……?」  ふっと笑って首を振った梶君を、じっと見つめる。 「これ、おすすめの本」  梶君はわたしに本を差し出し、受け取らせると、背中を向けた。そのままベッドに腰かける。 「蒼井さんは俺の机を使って。ノートパソコン、起動してあるから」 「うん」  わたしは梶君の勉強机の椅子をひいて腰を下ろすと、ノートパソコンの液晶画面に目を向けた。今日もワープロソフトの白紙のページが開かれている。 (梶君、さっき、何を言いかけたのかな……)  とても気になったけれど、それを聞くことは出来なかった。    *
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