1.ぼくの一日

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 ぼくの通う小山田保育園は、家から歩いて10分くらいのところにある。  あかちゃんや小さい子のひよこ組、年少さんのりす組、年中さんのこいぬ組、そして、年長さんのきりん組があるんだ。  ぼくはひよこ組からいるから、もう、ベテランの保育園児なんだ。  だから、ほんとうは一人でも通えるんだけど、ママにそう言ったら、  『アメリカだったら、育児放棄の幼児虐待になるからね!絶対やめてよ!史郎さんも目を離さないでねっ!』  って、何故かパパに言っていたんだ。  まあ、『いくじほうきのようじぎゃくたい』なんて思われるのは、ぼくもふほんいだから、一人で保育園に行くのはやめたんだ。  それに一人で行けるよって言ったら、ちょっとパパが悲しそうな顔をしていたし。  今日はいいお天気で、通いなれたいつもの道もきらきら光っているみたいに見える。  そんな中をパパと手を繋いで、ゆっくりと歩いて行く。  「今日から、はるも年長さんかあ。早いなぁ。」  パパが言った。  「えへへ。らいねんは小学生だよ。」  つないだ手をぎゅっと握ってパパが立ち止まった。  あ、まずいこと言ったかも。  「…あんなに小さかったのに…」  あ、やっぱり。  「生まれた時はなぁ…こーんなに小さくて…手なんかモミジの葉っぱよりも小さくて…それでも、一所懸命息してて…」  パパは繋いでない方の掌をじっと見つめて、そして、ふるふると震え始めた。  「小さな手足をパタパタ動かして、綺麗な宝石みたいな目で僕と奏さんをじっと見つめて…」  今度は空を見上げて、ため息をついた。  「泣いても笑っても可愛くて…本当にこんな存在があるんだって…」  この辺で止めないと、そのうち、泣き始めるんだ。  「パパ?保育園、遅れちゃうよ?」  「…え?あ、やべっ!急ぐぞ、はる!」  パパはぼくの手を少し強く引いて、歩き始めた。  ぼくのパパは、なんにでも感動する。  そして、すぐ泣く。  お日様があさつゆをきらきらと光らせても、夜、お月様やお星さまを見ても、春のさくら、夏のひまわり、秋のコスモス、冬のさざんか―見つけては、立ち止まり、じっと見入って、そして目を潤ませる。  ママに言わせると、パパは『げいじゅつか』だからなんだって。  でも、パパのお仕事は『ぎじゅつしゃじゃないの?』って言ったら、『作っているのは作品だから、芸術家でもあるの。』って言ってたんだ。  なんだかよくわからなかったから、『よくわからない』って言ったら、ママは笑って言ったんだ。  『春が知らないこと、わからないことはいくらだってあるの。でもね、綺麗なものを綺麗って素直に感じられることは、とっても素敵な事でしょ?だから、史郎さんは素敵な人なの。』  ぼくはそう言うママも『すてきな人』だと思うけど、でも、ぼくのパパは『ぎじゅつしゃでげいじゅつかですてきな人』ってその時、わかったんだ。
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