…やっぱりそれずるくない?

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…やっぱりそれずるくない?

私がこの世界がつまらないと気づいたのは小学校の高学年になってからだ。クラスで話題になるのは何が面白くて流行したのか後になると分からないギャグが代わる代わるやってきては通り過ぎていき、授業も教科書の内容+雑談をコピー機みたいにどの先生も同じ様に教えてくる。家に帰れば両親は仕事で、たまに更新されるゲームやテレビを見て時間を潰す。そんな毎日。 そんな世界を変えたのは…そう言うとなんか癪な感じがして嫌だから…あっ、そうだ。そんな世界を破滅させたのは、高校1年の夏休みの予定をどうしよっかと考えていた時だ。 「ん?」一人の少女が普通の公立高校の廊下で立ち止まる。背中にまで伸びてきた縛ってある栗色の髪が束でトントン叩くのを鬱陶しく思いながら彼女の持っているゲームのラインナップから夏にやってくる休みを潰せそうなものを頭の中でいくつか選別しながら下校している時である。 ちなみに彼女、今絶賛ボッチ中。クラスで話す人はいるけど、プライベートは一人か家族としか一緒にいない。昔、"ボールは友達"という名言があったが、彼女は まさに"ゲームは友達"であった。 まぁ、ゲームゲーム言ってもジャンルがあるわけだが、一応一通りのジャンルは網羅してはいる。その中で敢えて選ぶのならやはりRPGだろうか。理由は"夜が早くやってくる(時間を潰せる)から"なのだけども…。 さて、最初の場面に戻って、その少女…久米 青葉の視界の端に何か見えたようだ。 視線をそっちに持っていくと窓の外の校庭の隅で黒スーツの割と長身の男女が何やらコソコソ話している。二人とも肩まで届かないくらいのショートヘアで、それだけだったら先生方が何か話しているんだなで済むのだけど、一つだけ不審に思うのは何故か二人共表情が隠れるくらいの大きさの黒いサングラスをしていた。怪しい。 (えっと、確か職員室は…)と意識を通報に切り替えた時、二人の内 私から見て右側の方(スカートじゃない方)が突然振り返って私と目が合う。 「え?」 すると非公式ながら100メートル9秒切れそうな勢いで二人が迫ってきた。私の頭は混乱したのと、何かされるのではないかという恐怖に叫ぶことも逃げることも忘れていた。気付いたら二人は目の前まで来ている。逃げる行動をしようとしてもウサインボルトを超える(生で見たこと無いうえに主観が多分に含まれているが…)スピードの前には人類は無力なのだ。 あっさり腕を掴まれた。久米は恐怖のあまり必死に振り解こうとする。もう一人が久米を羽交い締めにする。今度は足で踏ん張って抵抗する…が、平均身長より少し低い久米は既に足が浮き気味になっている。その足を最初に腕を掴んだ奴が掴み持ち上げる。久米の身体は地面から離れて止めるものが無くなる。 (だ、誰かに助けを… ) 「ゴホッゴホッゴホッ…」叫ぼうとして咳き込んだ。いや、だってしょうがないでしょう。久々に大声出そうとしたんだから。 「ど、どうしよう」一人が今更なことを言う。 「と、取り敢えず部室に」もう一人も行き当りばったり感満載のセリフを吐く。 だけど、手足を抑えられ担がれている久米に抵抗出来る術は残されていなかった。 お神輿状態で廊下を進むと、とある部屋の前で一人が「すみません…戻ってきました」と言う。すると扉が開き 「ふっ…ふふふ…。わはははははは」 いきなり笑われた。 「いや、ご苦労。いいグダグダだった」男子生徒のブレザーを着ているから男子なのだろう。キッチリ七三に分けられた漆黒の黒髪に顎のラインがシュッとしているのが印象的な青年といった感じの人が私達の姿に腹を抱えて笑っている。 「あの、私達はどうすれば…」 「ん、そうだなぁ…取り敢えずその子を下ろしたほうがいいんじゃないか?」笑顔を蒸着させたマスクを着けているかのようにその笑い顔は少しも変わらないまま今のおかしな状況を指摘する。 「あ」今、初めて気付いたようにいそいそと久米を下ろす。久しぶりの地面との再会を喜んでいられない私。何が何だか分からない。 「すまなかったね、僕はこの演劇部の部長、川越 哲(かわごえ さとし)だ」言われて初めて扉の上にある文字に目が行った。”演劇部”と確かに書いてあった。…だけども一つ疑問がある、演劇部って生徒を拉致監禁する部活だったっけ? 「今のは後輩たちに度胸を付けさせる為にやったんだが、まさか生徒を誘拐してくるとは…くくく」川越は笑いがぶり返してきているようだ。 (…いや、笑われたくないんですけど)久米はスゴく文句を言いたい気持ちになった。でも出来ない、何故なら人見知りだからだ。どうだ参ったか! 「一体何をさせていたんですか?」この部長が また笑いの渦に飲まれて戻って来れなくなると帰れなくなってしまうので先へと促す。 「あぁ、そうだったな。まぁ大したこと無いことだよ、新入部員を見つけてこいって言っただけだ」 「あぁ、なぁんだそんなこと~…ってなりませんけど。どうして私なんですか?」 「それは彼らに聞いてみないと分からん」川越は久米を運んできた二人に視線を向けて言う。 「えっ…………」何故か絶望のまなざしを向けて固まる二人。 「どうして、彼女なんだ?」 「…」二人は黙って視線を通わせる。しばらくアイコンタクトを続けていたが、遂に意を決して語り出す。 「…そ、それは…」 「ふむ」 「見つかったから仕方なく…」 「はぁ!?」これは怒っていいと思う。 「いやいやいやいや、校庭の隅で怪しい人がいたら誰でも通報しようとするでしょう?!」 「ふむ…じゃあ、こいつらを捕まえてやろうとか思わなかったかね?」「え…」久米を連れてきた二人が信じられないという顔で川越を見た。 「思えるわけないじゃないですか」体格が違いすぎる「そんな事出来たら警視総監賞取り放題だわ」 「ふむふむ。それじゃあ警視総監賞取るために筋トレ始めるのがいいな」 「本末転倒というか末が立派過ぎて本が行方不明なんですが?!」 「君の名前は?」何の脈絡もなく名前を聞いてきた。 「えっと、1年の久米…青葉(くめ あおば)…です」一応個人情報なので慎重に言ってみる。 「ときに久米君、ご姉弟は?」 「えっ、…妹が一人いますけど…」何で今それを聞いたんだろう? 「それはいい!合格だ!!」だから何でそうなった?! 「私は入りたいなんて言ってませんけど」ここはハッキリしといた方がいい。面倒なことになるのは誰でも嫌だ。 「ふむ、それじゃあ私と勝負して決めようじゃないか」 「えっ…どんな勝負するんですか」 「それは久米君の得意なものでいいだろう」 (えっ!いいの! )久米は一気に気が軽くなった。自分で選べるのなら不利になる事は無いと思われるからだ。 「じゃあ…」部屋を見回す。バット、グローブ、ラケット…残念、久米は球技は苦手なんだ。なわとび…ごめん、なわとびもなんだ。ついでに短距離走も長距離走も苦手。そろばん…計算も苦手。英語も苦手。…あれ?得意なものって…あったっけ? (ヤバい、見つからない。…グーグル先生に聞いたら出てくるかなぁ…)焦った久米は本当にスマホを取り出そうと思いながらなんとなく、置いてあったテレビの方を見てしまう。パソコンではないのに…。するとそのテレビの手前に小さな物が置いてあるのを発見した。それは白と赤の四角い形でコードが出ている。昔のテレビゲーム機だ。 あった!ゲームなら得意だ。昔のゲームもなんとかコンソールでプレイしたことがある。という事で 「あっ、じゃああのゲームで!」とテレビゲーム機を指差す。 「ほう、ゲームか…」川越の目が一瞬ギラッと光った。…ようにも見えたのは気のせいかな。 「これは野球ゲームだけどルールは分かるか?」 「はい」パワフルなんたらは久米の父親が買ったやつをやった事があった。 「それじゃあ1イニング勝負だ」川越がゲームのコントローラーを手渡してくる。そして電源を入れる。 このゲームはピッチャーの後ろからの視点でプレイするようだ。とにかく、このゲームで勝って気ままな帰宅部を継続させなければと久米は本気で挑む。 …結果は コントローラーを持ち茫然としている久米に「ドンマイ」と肩に手を置いた川越。 (いやだって…バット途中で止めてただけだよね!それがフワーッって飛んでさ!ホームランになるなんておかしいじゃない!!! ) 久米が憤るのも当たり前ではある。これはいわゆるバグ技というものでちゃんと確認しないで発売したゲーム会社が悪いのではある…が、この勝負を決めたのも久米であった。 「じゃあ、入部してくれるかな?」と いちいち聞いてくる。張り付けたような笑顔も久米には気に障る。 「…不本意ではあるけれど…」久米は精一杯の不平不満を発する。 「では、これからもよろしく」手を差し出してきた。魂が抜けた感じで久米も手を出す。 すると川越は久米の手を掴み、グイッと引き寄せて顔がくっつきそうな距離でこう言った。 「ようこそ、芝居の世界へ」 家路へと向かっているが、足が重い。誰か私の足に水の入った2リットルのペットボトルを付けたんだな?それなら納得だ… ツッコむ気も起きない。気楽な帰宅部員だったのが何でこうなったのか…どこからやり直せばあのルートを通らないで済んだのだろう?…少し現れるゲーム脳。 あー嫌だ嫌だ。毎日ではないけど部活があると思うと勉強に身が入らない。…いや、無くても勉強出来ないかぁ。こりゃあ傑作だ。ははははぁーー…あっ、家着いた。 私は玄関の扉をあけて自分の部屋へと戻り、自分の世界に速攻で入っていったのだった。
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