演技ってナンなのさ

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「それじゃあ大塚君も起きたことだし、校舎の周り走るか」 意外や意外、前回の大塚の惨事で終わりかと思いきや まだ続いていた今日という日。その大塚が寝ている間、何をしていたか…久米の記憶にある限りでは小学生時代にやったレクリエーションのような遊びをしていただけで只の放課後児童クラブ気分だったのに、その言葉で一気に部活動だという事実を思い出すことに成功した。 「え…走るんですか?」久米は この部活で聞くことはないであろうと思っていたワードについ聞き返してしまう。 「あぁ、走るぞ」川越は当然のように言う。 「…あの、ここって演劇部ですよね?」久米はちょっと記憶が混濁した為、間違えがあってはいけないと確認する。 「あぁそうだ」予想通りの返答を返す川越。 「文化部…ですよね?」 「あぁ、どっちかというとそうだな」川越は全てを肯定する。 「じゃあ何で走らなきゃいけないんですか!?」 「体力作りは基本だぞ久米君」そんな基本は知らない。 「何でこの時間に?」最初の方ならまだ体力があったかもしれないが、終わり近くで、しかもなんか色々慣れないことをやって結構疲れている。その状態でさらに負荷を掛けられるのは殺人的だ。 「最初に走ったら皆ハイになって面白いんだが、色々問題がな」 「?なんです」「汗かいたまま続きをする羽目になる」 「それは嫌…」「つまりそういうことだ」 「…走らないと駄目ですか…」 川越はこの上なくニッコリと笑って「あぁ駄目だ」と無慈悲な1言を放った。 「…ぜぇはぁ、ぜぇはぁ…」どこにも色気を感じさせる要素の無い喘ぎ声を上げながら走っているようで少し早く歩いて下校する学生に抜かれる位の速度しか出ていない驚異の運動能力を見せつける久米。しかも更に恐ろしいことに、まだ校舎一周しただけという事実。 「ねぇ、大丈夫なの?あの子…今にも死にそうな顔してるんだけど」脚本志望なのと、数刻前に倒れたのもあって見学している大塚は心配そうに5周走り終えた川越に聞いた。 「う〜ん…ちょっとこのままだとキビシイなぁ」流石の川越も相変わらずの笑顔だけど、何となく困ってる雰囲気は感じる。 「どうするの?」「どうにかするさ」 「…まぁいいわ、とにかくアドリブはスゴく苦手だから金輪際お断りだわ」 「…もう、無いんじゃないかなぁ」 「?そうなの?」「だって僕ら3年だし、大塚君にエチュードやらせるの新人が入った時しかないし」 「あら、そうだったの?」 「そうだったんですよ〜」川越はキッチリ分けた髪をポリポリ掻いて言う。 「そこまでして嫌がらせしてたのね」 「嫌がらせなんかしないさ」 「?」 「君は嫌だったかもしれないけど…」 「それで、久米君の能力は理解出来たかな?」 「う〜ん…あなたの言う"この部に足りないもの"なのかは分からないけど、とにかく反応は良かった気がするわね」「他には?」「アドリブの割に語彙力があるように思えるわ」「もっと簡単に1言で言うと?」「は?」 「うむ、やっぱりそういう意識で見ないと気付かないか」「もう、いいから答え教えて頂戴」 「それはだな……ツッコミだ」「はぁ?」 「いや考えてもみてくれたまえ、今までは誰かおかしな事してもちゃんとツッコまれずにいた。それはおかしなところを全力で指摘する面白いところをみすみす逃していたのだ」 「…だからあの子にツッコんでもらいたい訳?」 「そういうこと」 「と、まぁそんな訳で彼女のツッコミが映える脚本を書いてもらいたいのだけど」 「…書けると思う?」「書いて欲しい」 「期待させるのは良くないからハッキリ言っとくけど、無理」 「今までの私の脚本見てきたでしょう。私の中であの子のツッコミとやらが上手く繋がらないのよ」 「出来たら面白そうなんだけどな〜」「駄〜目」 「まぁ、無理強いはしないよ」 「…だったらエチュードやらせないで」「それは罰ゲームだし、大塚君の事を新人にも知ってほしいしね」 「それってどういう…」 「はぁ…はぁ…や…っと…終わった…」息を切らしながら久米が帰ってきた。栗色の髪は背中にビッタリ張り付いて 紙の上に砂鉄をまぶして紙の下から磁石を当てた時みたいな見事な磁力線を描いている。 「ご苦労さま。とりあえず少し休んで」川越はスポーツドリンクを手渡す。 「はぁ…こんなに走るのって意味あるんですかね…」 「嫌かい?」 「そりゃあ、疲れるのは嫌ですよ」顔に出てくる汗をタオルで拭いながら答える久米。 「でもね、舞台に立つのは結構体力を使うもんなんだよ、動き回ったりセリフ出したりして主役だと1時間半くらいずっと演るからね。まぁ高校演劇なら数十分だけど」 「脇役ならいいじゃないですか〜」 「脇役でも主役が急病で出られなくなったら代わりに出なきゃいけないから やっとくことに越したことはないぞ。サボって いざという時に使えないんじゃどうしようもないからね」久米は僅かにビクっと反応した。 「…じゃあ、裏方やらせて下さいよ」 「部員が少ないのに演者を減らす訳ないだろう」希望 絶対潰すマンと化した川越は無慈悲に告げる。 「そんなぁ〜〜〜」ガックリうなだれる 久米。 「まぁまぁ、そのうち演劇の魅力に気付いて楽しくなるよ」慰めかな?沼への誘いかな? 「…ブラックな企業みたいな考えですね…」 「誰でも分かる事だからついてこれない方がおかしいっていうやつか?」「そうです」 「う〜ん、そんな風には思ってはないんだけどなぁ…誰にでも言うつもりも無いし」 「え、それって…」「まぁ、それだけ久米君に期待してるってことだ」 「いや、期待されても困るし…」 「そんなに重荷に思わなくて大丈夫だ、もし駄目なら僕の見る目が無かっただけだしな」 「そういうもんですか」「そういうものだよ」 「…じゃあまた来週よろしくお願いします」「おや、やけにあっさり受け入れるんだね」川越は意外そうに言う。 「まぁ…特別悪い所も見当たらないのと、うちの担任が熱血で部活に入らない私にうるさく『どこか部活入れっ!』と言われてたのもありますし」 「そうか、部員が少なくて派手な部活ではないが よろしくな」 「はい」久米と川越は改めて固い握手をした。
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