新米書記は嫌われている

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 (あずま) 誠也(せいや)がそれを見たのは1年程前のことだ。中等部にしかない蔵書を借りるため、高等部2年の東は久々に中等部の図書室へ出向いていた。  とある日 中等部図書室  昼休み  普段学生しか使わないなんてもったいない。そんな風に思ってしまうくらい大きな図書室……というよりは図書館に近い。    奥の資料室から目当ての本を見つけた東は、図書委員から貸出の手続きをしてもらっていた。  東から本を受け取った図書委員の生徒は、頬を赤らめながら、チラチラと東の顔を見てしまう。中等部の生徒が、普段高等部にいてなおかつ人気の高い東をこんなに間近に見ることなんて無かった。  図書委員はどうにか接点を作れないかと、沸騰しつつある頭で考えて、手元をいつもの数倍ゆったりと動かしていた。  ここに来る時もそうだったが、本を探している時も、東に気づいた生徒は皆、まるでパンダでも見るようにジロジロとした視線を向け、さらに男が出しているとは思えない黄色の歓声を浴びせていた。  いや、それは高等部でもあまり変わりはないか。  それが東は少し苦手だった。  特に、喋ることはもっと苦手で…… 「(あずま)先輩…中等部の図書館に来られるなんて、珍しいですね…これ、好きなんですか?」  柔らかい笑みと、上ずった声。東に向けられた好意のものであっても、 「………」  東はすぐには答える事ができなかった。  茶道の家元の息子だった東は、物心つく前から稽古に励んでいた。静けさを美としている茶道は、静寂と察すること、話さないコミュニケーションを習慣とし、大切にしている。  だからこそ東は、人の気持ちに敏感ではあったものの、自己主張と言うものが苦手であった。まったくもって古風な男である。  どう返そうか…  そう悩んでいるうちに、黙ったままの東に皆ため息を漏らし、それでも、次にはまた好意の笑顔を向けた。 「す、すみません。すぐ本貸し出しますからね」  本当は悲しいはずなのに、嘘の笑顔を作らせてしまう。それが東の柔らかい胸に刺さって、さらに東を人と話すことから遠ざけていた。  それでも、小さい頃に出ていた吃音症(きつおんしょう)は、今では独特の間があるものの、なんとか抑える事ができるようなっていた。  これがもし、好意のある視線や歓声じゃなかったら。様々な色が混ざった視線や噂話であったら……大きな体格に似合わない、柔らかい心は潰れてしまっていたかもしれない。  ちょうどこんな風な…… 「あれ…有栖川さんじゃね?」 「え…本当だ……」  先程から東への視線が少し減っていた。  方向が変えられた視線の先には……白い髪の毛に赤い瞳を添えた青年。  それの存在を、東はこの時初めてしっかり見た。  
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