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その青年の名前は噂でよく耳にしていた。
有栖川家が書道の大家である事は噂より前に有名であり、今では書道以外にもビジネスで財をなしている存在感のある家元だ。
だが、元々有栖川家は正統な子供を、学力や設備が良くても隔離施設のようなこの学園には置いておかず、公立高校に進学させ手元に置いておくのが常だった。
有栖川家からこの学園に初めて送られてきた有栖川 佳に、みな好きな憶測を立てて噂し、噂によって有栖川佳と言う人物像を作り上げた。
噂はこうだ。
【有栖川 佳は正統な子供ではないのではないか】
有栖川家の家系の中に、白髪赤目はいない。だから有栖川 佳は血の繋がりが正統なものではないんじゃないか……まぁ、学園内で流れている噂は、もう少しゴシップ感が強いが……言うならば愛人の子供だ。
だからこそ、学園の生徒でも珍しい幼稚部から在籍していたのではないか……長期休暇になっても有栖川はずっと学園にいるのではないか……。
隔離施設に近いこの学園なら、多感な学生時代を週刊誌に抜かれることはない。現実的な考察だ。
噂に拍車をかかるように、有栖川 佳の見た目は歳を追うごとに魔性的な魅力を表している。その瞳に射抜かれれば、言われたことに従いたくなるくらいに。
東の視線に本を探していた有栖川が気がつき、動きを止めた。そしてその瞳が東に絡みつく。
薄い髪色の下から、真っ赤な瞳。
白い肌に乗った赤色は双方を際立たせる。誰しもその肌を赤く染めさせ、その瞳を透明に潤ませてしまいたくなる……青少年の劣情を煽るには十分すぎる。
シャツのボタンは一つあけるスタイルで、襟首が少し緩んでいる。それは僅に開いた隙間から白玉の肌がどこまで続くのか、濁った連想に巻き込まれいた。唇は薄くも艶があり、まるで食べてくれと言われているようだ。とても甘いぞ……とでも誘っているように。
普段頭の中では思考を人一倍巡らせていた東も、この時ばかりは、思考中ですら無口を強いられた。
「……ツ」
一瞬息が止まってしまった。慌てて視線を外し、ホッと息をつく。学園内でもその魔性から、裏でなにか操っているとかなんとか……
でもその真相を本人に聞いたものは誰もいなかった。
なぜなら、考察はもう一つあるからだ。
【有栖川 佳は暗殺者なのではないか】
初等部の物心ついた頃から、有栖川 佳という人物には2つ顔があるという噂がたっていた。魔性の顔に並び、もう一つ……暗い表情にシワを刻み赤い瞳を鋭くギラつかせる。まるでヤクザの様な顔つきだという。
有栖川家の刺客として言葉を覚える前に人殺しとしての技術と才を磨かれた有栖川 佳は、夜な夜などこかで人を殺しているという……そして、週刊誌に抜かれないようにここに在籍しているという。
こちらはなんともアホくさい。
だけど現実味を帯びさせるその顔つきに、生徒は恐怖して誰も表立って近づく事ができなかった。(思春期特有の厨二病もあったのかもしれない)
美しいものか
恐ろしいのか
相反するようで、同じもの。
表裏一体とも感じる存在。
真実はどちらも闇の中だった。
ただ一つわかっているのは、ヤクザ顔は男同士で絡んでいる時に多く見れるようで、この学園では珍しく、男同士が嫌いな人物としても有名だった。
どうでも良いが、有栖川 佳は日本文学が好きなのかもしれない。夏◯漱石の「こころ」という本を、白く細い指先が掴んでいたのを、東は最後に目にしていた。
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