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この春、噂の青年は高等部に進学し、生徒会執行部に加入した。
学園の生徒会メンバーの実態は、ほとんど人気投票に近い。そんな中で、有栖川 佳は特異のようだった。
生徒会長と副会長は直接選挙で選ばれるものの、他のメンバーは生徒の推薦から生徒会長が承認して理事長が任命する。
5月の生徒総会では生徒会メンバーについては、承認報告になっている。だから有栖川や伊月双子のように1年生でも生徒会メンバーに入る事ができるというわけだ。
誰かが推薦したのなら、それを承認するかどうかは生徒会長の自由。生徒の民意にあえて逆らうような承認はしないのが慣例となっているが……有栖川を特異と表したのはこの部分だ。実態として、副会長と双子からの熱烈な推薦があったとかなんとか……(これは生徒会内部だけの秘密)
そして、推薦を受諾した有栖川 佳は、俺と同じく書記という役職を与えられた。
とある日 生徒会室
消耗品整理中
4月の生徒会活動が始まる前に、会議で使用する文具が使えるかどうか整理する。それが書記の年度始めの仕事。
ただ今、マーカーペンが付くものがどうかホワイトボードに試し書きをしているところであった。
「東先輩、この青ペンつかないですけど…替えありますか?」
「……」
急に話しかけられ、文字を消していた東の手が止まる。
東から少し見下げるくらいの身長のため、有栖川はその顔をあげ、やや上目遣いで東を見ていた。
無言の中、有栖川の赤い目に射抜かれドキリと東の心臓が跳ねる。
その色は林檎のようにも見え、パトカーの赤色灯にも思え、さらには体から溢れる血のようにも思えた。気持ちの良いものから気持ち悪いもの…その間の得体もしれない感覚が、わずか斜め下から突き刺さってきた。当然口はピクリとも動きはしなかった。
「東先輩?」
不思議そうにもう一度有栖川が話しかけてくる。
なのに……
声…でない。
跳ねた心臓がそのままトクトクと収まらず、頭に血が行きすぎる。体を熱い血液が回る。どうしてこんなに働かなきゃいけないのかと、怒りながら駆け回っていた。ドクドクとジワジワと静かに強く責め立てられていた。
治りかけていた吃音症が顔を出し、口を開いても声が喉の奥に張り付いて出てこない。
それが東をさらに焦らせ、パクパク開く口からは息だけが漏れていた。
これは……ダメなやつ………
思考回路が狭まりつつある中、少し冷たく細い指が、東の手を握った。ひんやりとした、柔らかい水に思えた。暴れ回る血液は不思議なことにその温度と混ざると大人しくなる。
「はい、これ」
その手は東からイレーザーを奪うと、代わりに黒いペンをしっかりと握らせてくる。
ん?
どういうことが分からず、東の時が止まる。
東の時間がまた動き出すと、ついでに深く息を吸い込むことができた。その頭の上にハテナが浮かぶ。
「人間伝えたい事は、描いた方が伝わることもあります」
描いた?
書いたじゃなくて?
と、
どうしてか、天からそんなツッコミをせよと脳内に指令が来ていたが、それは無視した。
喋らなくてもいいから……文字で書いてってこと……だよね……
突拍子もない発言に、落ち着きを取り戻した東はそのペンのキャップを外した。
『倉庫にあるが、職員室で鍵をもらってこないといけない』
突拍子もないと思っていたけど、書くってことは、ちゃんと頭で考えた事を伝える事ができる。
当たり前だけど。
でもそのための時間は、話すよりもたくさんかかってしまう。特にじっくり考えて、丁寧に文字を書く東には。それでも、有栖川は急かす事なく一文字一文字書かれる文字を最後まで見届けてから口を開いた。
「なるほど……意外と面倒ですね」
『ちょうど生徒会室の予備がきれた』
「それはしょうがないですね。……というか、先輩の字って凄く綺麗……羨ましいです。俺、字ってそんなに得意じゃ無いんですよ」
家が書道家なのに?
「………」
そう頭に浮かんだけれど……
ホワイトボードにつけたペン先を、東はボードから外す。
あんな噂……本人からなにも証言が無いのだから……聞いても良いはずだけど……噂でなくても、もしもそれが本人にとって聞かれたく無い事であるならば……
これは、書かなくても良いことだ……
東のワンテンポ遅れたリズムに、自分がどんな目で見られているのかおおよそ(魔性については分かって無いが)分かっている有栖川は、その間を理解してしまった。
しかし、気まずい問いが返ってくると思って、焦っていた有栖川は、ペン先を外した東に驚いた。
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