新米書記は嫌われている

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 焦った表情は小さな微笑みに変わる。 「俺、先輩無口だから、嫌われてるのかと思ってたんですけど、ちゃんと考えて言葉を言ってるだけなんですね……優しい先輩で良かった」  それは、多分……  その先に自分のことを考えているからだ。  自分がどう思われるか。  さっき書いた文字の下に、マーカーの先をつけた。 『それは違う。弱いだけ』  その字に有栖川は、目を丸くした。 「そんなことありませんよ。結構文字って現れるんですよ?」  キュポっと、赤色のマーカーのキャップを外した有栖川は、得意げに、まるで赤ペン先生のように東が書いた文字に丸をつけはじめた。 「先輩の字は綺麗だけど、少し丸文字ですね。突き出し部分は小さくて、比較的はらいが短い。繊細で、気配り上手な上に……とても理性的な人の字です。確かに、優しさは物体ではありませんが……」  一文字一文字丁寧にその箇所に印を刻む。  ″……ほら、この丸の分だけ、先輩の優しさが見えますよ″  そう付け加えると、最後に有栖川は3つの文章を跨いだ真っ赤な花丸をホワイトボードに描いた。ニカッとした笑顔をそえて。  黒色と混ざっているのにお構いなしだ。  注意しないと……  これは生徒のお金から買っている消耗品なのだから。たとえペン先だろうと無駄になんてできない。有栖川は分かってないな……  だけど、東はそれを注意することはできなかった。  真っ赤な大きな花丸が、目に焼き付いて離れない。  それは東の網膜を通って、脳裏に焼き付き……また心臓をトクトクと跳ねさせた。そこから熱く滾った紅の血液が全身に回る。けれども全く怒ってはいない。駆け回る速さは同じかそれ以上にもなっているのに、甘酸っぱい苺が流れているような感覚だった。  ポカポカと全身が熱くなっていく。  吃音症とはまた違う……ぼうっとした感覚に思考回路が溶け出しそうだった。  東が暑さで曇りかけた思考と視界により動けない中、有栖川はもう一つ伝えたい事があった。 「それに、もしもそれが自分のためだからダメと思っているのなら……俺はもっと先輩はいい人だと思います。……だって、相手の事も考えながら、ちゃんと自分のことも心配できるって、それって完璧じゃありません? 人の事だけとか、自分の事だけとか……片寄っているよりよっぽど。そう、思いませんか」  有栖川は言いながら、真っ直ぐホワイトボードを見ていた。自分にできないことのくせに、人に説教じみた言葉を言うのは、恥ずかしいんだ……自分が。    
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