新米書記は嫌われている

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 それでも有栖川が言葉で描いた文書は、真っ直ぐ東に届いていた。  この性格と吃音症が嫌でたまらなかったのに……  そのままでも良いのだと。  むしろ、そのままで何がおかしいのかと。  言われているようだった。  好きになっても良いのだと。  自分を。  だけど、好きになるの多分そこだけで留まらないだろう。それが何か明確な答えは出せなかったけど……東は確かにそんな感じを覚えていた。 「先輩は優しい人です……そうでないなら、多分今頃俺は、  殴られてました」  は?  突拍子もない言葉に、また東の時が止まった。  え?  なんで?  俺、人を殴った事なんてないけど……  有栖川にとって、東の大きな体格は妄想の中ではピカイチに輝いていたが、実際自分が関わるとなると、その大きさにビビっていた。自分のポンコツさにいつその大きな拳が振り上がるかとビクビクしてたのだった。  殴るってなんだ……  でも、東はそんなことを聞き返す前に、伝えたい事があった。パチっと持っていたペンのキャップを閉める。  これは伝え(いい)たい。 「……ぁ……ッ」  小さな声が、声帯を通る。  有栖川は(もちろん)聞き逃さなかった。  紡がれた声に、ゆっくり顔を東に向けた。  視線が絡む。  そこから東の体が熱くなる。  でも…多分…これは大丈夫。  人の噂なんて、本当にあてにならない。それはその人がどう思ったかということであって、決して有栖川自身では無いのだから。  有栖川が暗殺者だなんて、まったくもってアホくさい。  魔性……というのは、もしかしたら本当なのかも知れないが、その言葉を聞いて思うおぞましい感覚は皆無だった。  むしろ、こんなに気持ちが良いものが魔性だったのかと……新しい気持ちに、目元は優しく緩み、今までピクリとも笑えなかった東の頬が上がった。 「ぁ…りが…と」  その優しい微笑みと声音はとても美しくて……瞬間、ギロリとした赤い瞳がワンコを捉えた。 「……ッッ‼︎」  東は分かっていなかったが、その表情は有栖川をヤクザ顔にするには十分すぎた。  人を1人殺しそうな視線を向けられ、思わずワンコの体が跳ねた。  え……  嘘のはず。  有栖川が暗殺者だなんて……絶対嘘……多分    でも目の前の有栖川の鋭い眼光は東を捉えて離さなかった。深く顔面にシワを刻み、時折舌打ちまでかます始末である。  その顔に東はこう、思う他なかった。  なんで!?  A(アンサー)妄想が爆発したから。   有栖川、ワンコ萌えの始まりである
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