act.04

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 未だ朝日が差し込む時間帯。カーテンを開け放した明るい部屋の中で辰巳とフレデリックは生まれたままの姿で寝台の上に重なっていた。  仰向けに横たわる辰巳の腰を跨ぐフレデリックの背がしなる。天井を見上げる美貌が快楽に歪んでいた。 「ぁっ、良い…!」  フレデリックが動くたびに結合部の密着した肌がぐちりと卑猥な音をたてる。最奥の堅い襞が、辰巳の雄芯を貪欲に食んでいた。 「本気で精気吸い尽くすつもりかよ」 「ぅ、んッ、…ちょうだい…? 奥に、たくさん…ッ」  求めるように蠢くフレデリックの襞のきつさに辰巳の眉根が僅かに寄せられた。そう長くもちそうにない出口を求める欲求に煽られるがまま、下から腰を打ち付ける。 「アアッ、あッ、気持ち良いッ、辰巳…っ!」 「ッ、出す…ぞ」 「んっ、ん、…出してッ、全部ッ!」  うねる襞の中で、どくりと硬い熱が脈打つ。  深い部分のさらに奥へと白濁を吐き出して、ようやく動きを止めた辰巳は詰めていた息を吐き出した。倒れ込むフレデリックを易々と受け止める。啄むような口づけを受け入れながら、辰巳は微かに笑った。 「疲れたか?」 「まさか。もっと辰巳の精気を奪わなくちゃ」 「勘弁しろよ」 「僕の美貌は、キミの精気がないと失われていってしまうんだよ?」  あながち冗談でもない顔で嘯きながら、フレデリックは辰巳の首筋を伝う汗をぺろりと舐めた。それはまるで、どこに噛みつこうかと選定しているような仕草にも見える。 「噛むなよ」 「駄目?」  冗談で言ったつもりが、すかさず返ってくる返事はことのほか残念そうで、辰巳が呆れた事は言うまでもない。 「煙草。それから風呂だ」 「まだ足りないよ」  諦めきれずに首筋を甘噛みするフレデリックの肩を、辰巳は軽く押し退けた。 「風呂でな」  さらりと言って辰巳が手に取った煙草を、すかさずフレデリックが掠め取る。拗ねた嫁の様子に苦笑を漏らし、辰巳は差し出された煙草を咥えた。    ◇   ◇   ◇  辰巳が目を覚ました時、部屋にフレデリックの姿はなかった。寝台の上に身を起こす辰巳の視界の端に、サイドテーブルに置かれたアイスペールが映る。びっしりと結露に濡れた小さなバケツの横に置かれたスマホを確認すれば、メッセージアプリの通知が届いていた。  ――3F.cafe Pause  短い一言とともに、随分と可愛らしい猫のイラストがメッセージ画面に踊っていた。  フレデリックのメッセージを一瞥しただけで、辰巳は画面を閉じた。何やら珍妙なイラストの数々には辟易とする辰巳だが、このメッセージアプリはそれなりに気に入っている。ただメッセージを見るだけで、既読の文字が相手に表示されるからだ。まあ、だからといって返事を返さずにいればフレデリックは拗ねるのだけれど。  手に取ったばかりのスマホを枕元に投げ出して、辰巳はアイスペールから冷えたボトルを抜き出した。涼し気なブルーの瓶の中身は、ただの炭酸水だ。辰巳の寝起き用に、フレデリックが置いていったのに違いなかった。  喉を潤し煙草へと火を点ける。珍しくも辰巳は、咥え煙草のまま寝台を降りた。  三階に停止したエレベーターを降りれば、『cafe Pause』はすぐに見つけることが出来た。  入口に立った辰巳の元へすぐさま寄ってきたスタッフは、名前を確認することもなく辰巳を店の奥へと案内した。控えめなノックの後に扉を開けたスタッフの前をすり抜ける。予想していたよりも広い室内では、十五人の男たちが大きな楕円のテーブルを囲んでいた。  驚いたことに、ヴァレリーとイヴォンの姿もある。 「よう辰巳」 「来てたのか」 「まあな。大切な友人の招きとあれば、無下にする訳にもいかないだろう?」  足癖が悪いのはいつもなのか、ヴァレリーは組んだ長い脚をテーブルに乗せていた。隣にはロイクの姿がある。こちらも足を組んだ姿が随分な迫力だ。  ヴァレリーとロイクが並んだ姿は、そこにあるだけで他の連中を圧倒しているようにも辰巳には見えた。同じ室内にありながら、他の男たちとは一線を画すオーラのようなものさえ感じる。 「辰巳、お前はこっちだ」  聞こえてきた声はクリストファーのものだった。黙ったままのフレデリックの右隣だけが、唯一の空席である。腕を組んだまま微動だにしないフレデリックの姿は、辰巳にとって新鮮でもあり、そして妙な笑いをそそられる。  刺々しさはないものの、明らかな訝しむような視線が辰巳を見ていた。クリストファーの背後を通り抜ければ、気安い挨拶が飛んでくる。 「遅いお目覚めだな辰巳。遅刻だぞ」 「ああ。悪かったな」 「問題はない。お前は今回、スペシャルアドバイザー様だからな」 「あんだそりゃ…」  思わず足を止めた辰巳の肩を、立ち上がったクリストファーの腕が易々と捉えた。何気ないながらも抗う隙のない腕が、辰巳を室内の男たちの方へと向ける。 「この男が辰巳一意だ。うちとの関係は、さっき説明した通りだ」 「おいクリス…」 「まあまあ少し付き合え。一応、こっちにも段取りってものがある」  渋い顔をする辰巳の耳元にクリストファーが小さく囁いた。  クリストファーの台詞を聞けば、辰巳がこの場に現れることは全員が承知していたのだろう。だが、よく知らぬ東洋人をいざ目の前にすれば、幹部たちはそれぞれが隣と二、三の言葉を交わさずにはいられなかった。  フレデリックの隣へと辰巳が腰を下ろしてもなお静けさを取り戻す気配のない室内を、だがクリストファーもフレデリックも咎めはしなかった。どうやら、言いたい事は言わせておくのがこの部屋のルールらしい。  見るともなく辰巳が視線を巡らせていれば、最初に目が合ったのはロイクだ。フレデリックとは対角に当たる円卓の反対側にロイクは腰を下ろしていた。  目が合った瞬間にこりと微笑んだロイクに、隣からフレデリックの鋭い舌打ちが聞こえてくる。その瞬間、室内は静まり返った。  ロイクとクリストファーが、やれやれとでも言いたそうな顔で肩を竦めた事は言うまでもない。 「さて、静かになったところで辰巳、うちのファミリーを紹介しよう」 「ああ」 「お前の右隣はまあ…いいか…」  クリストファーの尻つぼみな台詞に辰巳は苦笑を漏らした。辰巳の右隣はガブリエルである。 「ガブリエルの隣がディジョンのエリク(Éric)。その隣がカレーのジャコブ(Jacob)。次もまあ知ってるとは思うがロラン、コルスのヴァレリーとイヴォンだ。席は逆だが、まあいいな?」 「ああ。知ってっからな」 「次いでロイクの隣がトゥールーズのグレゴワール(Grégoire)。ポアティエのパスカル(Pascal)。リヨンのアドリアン(Adrien)。パリのロベール(Robert)。それからここマルセイユを任せてるイレール(Hilaire)だ」  イレールの隣にシルヴァン、クリストファーと続き、フレデリックで円卓を一周する。もう一度ぐるりと円卓についた面々を見遣り、辰巳は短く言った。 「辰巳一意だ」  ざっと見る限り、辰巳が初めて顔を合わせた中で年齢が近いのはディジョンという土地を任されているというエリクとカレーのジャコブくらいだろうか。他はみな年上だろう。 「他にダリウス(Darius)ってのが居るんだが、ちょっとばかり面が割れると拙い仕事を任せてる。まあそのうち会うこともあるだろうが」 「はぁん?」  ダリウスという名は辰巳も聞き覚えがあった。確かパーティーの夜、警備の指揮を執っていた人間だ。だが、確かに顔を合わせてはいなかった。 「イタリアの連中のだいたいの名前は憶えてるな?」 「まあ、ある程度はな」 「充分だ」  満足げに頷くクリストファーは、辰巳から他の面々へと視線を移した。 「今回はここに居る全員に働いてもらうことになる。承知してると思うが、仲間内での諍いはなしだ。逃げ出す連中はコルスに誘導しろ。処分も必要ない」  クリストファーの言葉に、いくつもの視線がヴァレリーを向くのが分かった。すべての視線を平然と受け止めて、ヴァレリーが口を開く。 「ま、これだけのでかい戦争だ。逃げ出す者が居ても仕方のない事だな。はぐれた野良犬の面倒は俺たちが責任をもって引き受けるとしよう」 「エサ代ももってくれるのか?」 「ははっ、お前のところのアンダーボスは気前が良いからな。今回の報酬に比べればそんなものは端金(はしたがね)だ。任せておけ」  言葉だけでなく、ヴァレリーは大袈裟に両腕を拡げてみせた。 「そりゃあ頼もしいことだな。感謝する」 「よせよクリス。礼を言うなら全部終わってからだ」 「そうしよう」  請け合うヴァレリーの隣でイヴォンはつまらなそうに窓へと視線を向けている。ガブリエルやシルヴァンも若い方ではあるがイヴォンほどではない。十代が楽しめるような場所では、確かにないだろう。  そんなイヴォンに時折りロランが何かを言っているようだが、辰巳の耳には声は届かなかった。代わりに辰巳の耳に届いたのは、パリを根城にしているロベールのしゃがれた声だ。ガブリエルやエリクの座る窓際の席とは対照的に、廊下側の席は年齢層が高い。 「コルスに誘導と仰いますがボス、私どもの土地からは他国の方が逃れやすいでしょう。黙ってはおりますが、ジャコブなどなおの事では?」  これまで通り、裏切り者には制裁を与えるべきだというロベールの意見に通路側の四人が頷いた。辛うじて、ロイクの隣に座るグレゴワールだけが硬い表情で成り行きを見守っている。 「なるほど。そうなのかジャコブ」 「は。私はボスの指示に従うまで。ですが…」 「自信がないか」 「全力は尽くしますが…」  全力を尽くすといいながらも些か頼りのないジャコブの肩を、ロランが叩いた。 「完全ではなくて良いのですよジャコブ。何も他国へ逃れる方法は船だけではないですし、海路にしてもそれこそカレーだけではありません。あなたの居るカレーからは逃さないと、逃亡者に思わせるよう心がけていれば良いのです」 「ロラン…」 「その通りだジャコブ。そもそもお前の部下に逃げ出すような腰抜けは居ないだろ?」  ロランとクリストファーの言葉に、ジャコブの顔に浮かんでいた不安の影が消え去っていた。  地理的な問題はどうしようもない。それはクリストファーにも分かっている事だ。カレーは、ドーバー海峡を渡ればすぐにイギリスなのだ。フランス全土を支配する組織から逃れるのなら、陸上より海を渡るほうがはるかに容易い。だが、ジャコブは力強くクリストファーに頷いてみせた。 「わかりました。期待にそえるよう全力を尽くします」 「だ、そうだがどうするんだロベール」  ジャコブへと鷹揚に頷いて、クリストファーは視線を移した。 「もちろん私どもとて努力はしますよ。ロランの言うように完全でなくても良いというのであればね」 「手を抜かなければそれでいい。他に意見のある者は?」  男たちを見回す辰巳の視線の先で、イレールが軽く手をあげるのが見えた。 「よろしいですかな」 「なんだ」 「この度の件で裏切り者を処分してはならないという、その理由を聞かせていただけませんか」 「俺たちにも非がある。それだけだ」 「では、コルスに…というのは…」  渋い顔をみせるイレールにいち早く反応したのは、クリストファーでもフレデリックでもなく、ヴァレリーだ。 「お前たちのボスは懐が深いという事じゃないのか。俺たちは受け皿だ。違うのか?」 「ですが掟に背くというのは…」  この期に及んで掟などを持ち出す年寄りに、クリストファーやフレデリックが感銘を受けるはずなどない。もちろん、ヴァレリーも。 77a7c7a7-c908-4e36-a399-f40aa30568ae
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