act.05

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act.05

 マルセイユでの会合から一夜が明け、ニースへと移動した辰巳とフレデリック、クリストファーたちの一行は、ホテルに到着するなり些かならず物騒なイタリアからのメッセージを受け取ることとなった。  ホテルのスタッフが震えながら差し出した木箱の中には、ダリウスに同行させていた男の頭とともに小さなメッセージカードが収まっていた。  辰巳とフレデリックに同行したヴァレリーの表情から笑みが消える。他の面々もまた、険しい表情をその顔に浮かべていた。  フレデリックが静かに口を開く。その声が、いつになく平淡な気がした。 「ダリウスからの連絡は?」 「あ…、ありません…」 「そう。これを持ってきた男の顔は」 「カメラを…」  スタッフが震えながら見た先には、無残に撃ち抜かれた監視カメラがあった。クリストファーがシルヴァンを振り返る。 「シルヴィー、今すぐに付近の監視カメラの映像を調べろ」 「はい」  すぐさま出ていこうとするシルヴァンの肩を、ガブリエルが掴む。肩を掴んだまま、ガブリエルはフレデリックに問いかけた。 「父上、同行しても?」 「そうだね。監視されている可能性もない訳じゃない」  スタッフの話によれば、メッセンジャーの男が現れてからそう時間は経っていない。単独で行動するのはリスクが高かった。そもそもシルヴァンは頭脳労働が中心で、万が一敵に狙われれば対処が出来ない。  ガブリエルが同行すると聞いて、ヴァレリーはイヴォンを見遣った。 「イヴ、お前も遊んでくるか?」 「はあ? なんで」 「なんでって、さっきからそわそわしてんのお前だろ。散歩に行きたがってる犬そっくりだぞ」 「っ…」  言葉に詰まるイヴォンの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ヴァレリーはシルヴァンの方へと押し出した。 「悪いがこいつも散歩に同行させてやってくれ。ボディーガードくらいにはなるだろ」 「それはありがたいのですが…」 「飼い主が同行させるって言ってるんだ、ありがたく拝借しておけよシルヴィー?」 「それでは、お借りします」  かくして再び若者たちの背中を見届けた大人たちも、念のため単独行動を控えるという事で話がついた。が、その中で一人ロランだけが浮かない顔をしていた事は言うまでもなかった。  辰巳とフレデリックを除いて決定したペアは、ロイクとクリストファー、ロランとヴァレリーである。ちゃっかりと腰に回されたヴァレリーの腕を幾度か叩き落したものの、数度目にしてロランは諦めたようだった。  その様子に、クリストファーが苦笑を漏らす。 「悪いなロラン」 「致し方のない事だと理解しておりますので」  まさかクリストファーに自身の身を守らせるわけにもいかず、かといっていくら協力体制にあるといえど他の組織の人間であるヴァレリーをクリストファーと二人きりにする訳にもいかない。そう口にするロランはまるで、自身に言い聞かせているようでもあった。    ◇   ◇   ◇  大人たちがどうでもいいような理由で妙な空気を醸し出していたその頃、シルヴァン率いる若者たちは順調に与えられた仕事を片付けていた。  マルセイユからこちら、ほとんどの時間を共に過ごしたせいか三人の間に流れる空気はごく自然なもので、もはや大人たちよりよほど大人といえるかもしれない。 「シルヴァン、今のところで少し止めてくれる?」 「これか」 「そうそう。もう少し鮮明化できるかい?」 「ここではこれ以上は無理だな」  それまで黙って会話を聞いていたイヴォンが無言のまま踵を返す。向かった先は、監視カメラの所有者のところである。 「おっさん、あの映像データもらっていい?」  すっかり溶け込んだ様子で尋ねるイヴォンを見遣り、ガブリエルは可笑しそうに笑った。 「なかなか気が利くよね、あの子。腕っぷしも強いし、ヴァレリーはなかなか優秀なブリーダーかもしれない」 「もう少しまともな言い方はないのか」 「どうして? 本人だって言ってたじゃないか、ペットだって」  悪びれもせずに宣うガブリエルに溜息を零し、シルヴァンはモニターの前から立ち上がった。映像の記録されたディスクを抜き出して胸元へ仕舞い込む。  ワンボックスに戻るなり、後部座席で映像の解析に取り掛かるシルヴァンの手伝いをするイヴォンを、ガブリエルは運転席からミラーごしに眺めた。    ◇   ◇   ◇  赤く染まったメッセージカードだけを抜きとり、後から取りに来させると木箱をホテルのスタッフに預けたフレデリックは、辰巳とともに一度ホテルの部屋へと戻った。  すぐさまクロゼットを開けるフレデリックの姿を見るともなく眺めながら、辰巳は煙草に火を点けた。中を漁っていたフレデリックが床板を跳ね上げる。 「そんな仕掛けいつ作ったんだお前」 「キミを迎えに行く前に、改装がてらね」  背を向けてしゃがみ込んだまま呟くくぐもった声に、辰巳は天井へと紫煙を吹き上げた。 「で、どんな物騒なもん隠してんだよ?」 「そう物騒でもないよ。キミと僕の護身用の銃と、その他諸々だからね」  充分物騒だと思わなくもない辰巳はだが、何も言わずに煙草をふかした。否、朝から胸糞悪いものを見せられたあとでは、物騒だなんだと言っている余裕もない。  両手にさげたアタッシュケースをテーブルに置いたフレデリックが再びクロゼットへと戻るのを横目に、辰巳は煙草を揉み消した。ロックの掛かっていないケースの留め具を武骨な指が跳ね上げれば、バチンッと大きな音が部屋に響く。  黒い鉄の塊を弄ぶ辰巳の目の前に、革のホルスターが差し出される。 「またかよ」 「キミが嫌いなのは知ってるけれど、残念ながら今回は我儘を聞いてあげられる余裕はないかな。なにせ命がかかってるからね」 「怪我くらいは我慢してやるよ」  そう嘯く辰巳の頬を、フレデリックの唇が掠めた。 「さすが僕の旦那様だね」  差し出されたホルスターをソファに放り投げ、代わりにフレデリックの掌に銃を預けて辰巳は立ち上がった。冷蔵庫からビールをひと瓶取り出して煽る。飲みかけのビール瓶を片手に、辰巳はフレデリックの隣へと再び腰を下ろした。  鉄の塊を分解しては手早く確認して組み上げていくフレデリックの手つきは、いつ見ても感心するほどに無駄なく動く。 「どうしたんだい? そんなに見つめて」 「いや、器用なもんだと思ってよ」 「辰巳だって手先は器用だよね。なんなら自分でやってみるかい?」 「よく覚えてねぇよ」  そっけなく吐き捨ててビールを煽る辰巳へと、フレデリックはアタッシュケースの中から大ぶりなオートマチックを取り出した。 「お前のだろうが」 「キミに命を預けるのも悪くないと思ってね」 「勘弁しろよ」 「大丈夫。僕がちゃんと教えるから」  少し待ってと、そう話すうちにフレデリックはあっという間にひとつめの銃を組み上げてしまった。どこか嬉しそうな顔で辰巳との距離を詰めたフレデリックの手が武骨な手に重なる。 「ここをスライドさせて…そう…」  いちいち手を重ねるフレデリックに、辰巳が渋い顔をした事は言うまでもなかった。そこまでしなくともだいたいの構造くらいは把握している辰巳である。 「お前な、これがやりたかっただけじゃねぇのか」 「ふふっ。共同作業だね」 「阿呆か」 「待って辰巳、少し消耗してるね。こっちのパーツに替えてくれる?」 「ああ」  差し出された小さなパーツを取り付ける辰巳の手元を覗き込み、フレデリックは嬉しそうに笑みを零した。 「これを持っていたら、いつでもキミが隣にいてくれるような気分になれそうだよ」  今度からいつもお願いしようかなどと嘯くフレデリックに呆れ果て、辰巳はようやく作業を終えた。隣で動作をチェックするフレデリックは終始嬉しそうで、どんな顔をすればいいのか分からなくなる。  残りのビールを飲み干した辰巳は、やれやれと今しがたフレデリックが組み上げた銃を手に取った。動作は滑らかで、不安など微塵も感じさせない仕上がりに、喜ぶべきか呆れるべきか迷うところである。  あっという間にもう一丁のオートマチックを組み上げたフレデリックが立ち上がるのを、辰巳はぼんやりと見上げた。 「さて、準備も出来たし僕たちも行こうか」 「ああ」  ソファに投げ捨てられたホルスターを見れば気分の萎える辰巳である。普段銃など持ち歩かない辰巳にとって、ショルダーホルスターはどうにも好きになれない。かたっ苦しく感じてしまうのだ。  それでも渋々とホルスターを持ちあげる辰巳をフレデリックが小さく笑う。 「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいだろう?」 「慣れねぇんだよ」 「今回の一件が片付くころには慣れてるよ」  さらりと告げられたフレデリックの言葉に、辰巳は今度こそ盛大な溜息を吐いた。 「気の休まる暇もねぇな」 「キミがそう思ってくれるだけで、僕の心配は半分以上減る」 「あぁそうかよ」  普段から警戒心がないだの好奇心が旺盛すぎるだのと言われ続けてきた辰巳である。些か真顔で言われてしまえば返す言葉もなかった。  上着を脱げば手を差し出してくるフレデリックに小さく首を振って、辰巳は革のベルトへ腕を通した。固定してぐるぐると肩を回してみても、やはり拭いきれない違和感に溜息ばかりが零れ落ちる。 「もの凄く嫌そうだね…」 「ああ」  取り繕う気などさらさらないとばかりに短く応え、辰巳は脱いだばかりの上着を羽織った。ホルスターに銃を固定すれば余計に増す違和感に、もはや呼吸であるかのように溜息が漏れる。  そんな辰巳を横目に、フレデリックはあっさりと自身の用意を整えた。左右の脇に刺さった大ぶりなオートマチックも、フレデリックの体躯にはちょうどいいサイズに見える。 「少し、練習しておくかい?」 「ああ? なんのだよ」 「射撃に決まってるだろう?」  事もなげに告げるフレデリックに怪訝な顔をしていれば、射撃場を増設したのだという返事が返ってきて、今度こそ辰巳は呆れ果てた。 「ここはただのリゾートホテルだと思ってたんだがな…」 「もちろん、その予定だよ。ただ、どうせなら僕たちに必要な設備くらいは整えておこうと思ってね」  どうせ休業するのならこの際大掛かりな改装も済ませてしまおうという腹づもりらしい。  かくして辰巳がフレデリックとホテルを出たのはすっかり日も落ちた時間の事だった。
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