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掌ほどの画面に映し出された鮮明な画像に、辰巳が喉を鳴らして笑う。フレデリックに痴態を曝させておきながら、辰巳の方はといえばカメラを起動させてはいなかった。
画面の中では、寝台に身を預けたフレデリックが長い指を自らの雄芯に絡みつかせてゆるりと扱きあげていた。
『ぅ、んっ、……辰巳…っ』
「気持ち良いかよ?」
『気持ち…良い…。キミに、見られてると思うだけで…っぞくぞくするよ…』
上気してほのかに赤くなった肌さえも映し出す小さな端末に、辰巳は思わず感心を覚えた。普段は音声通話ばかりでカメラなど付いているだけ無駄だと思っていた辰巳だが、こういう遊びであれば悪くはないと、そう思う。
「フレッド。お前、こっちにケツ向けてみろよ。犬みてぇに四つん這いになって腰上げろ」
『っ…』
僅かに息を詰めながらも、辰巳の言う通りにフレデリックは動いた。高くあがった腰に、双丘の奥の蕾までもが曝け出される。
『こう…?』
吐息のようなフレデリックの声。
『ねぇ辰巳、ちゃんと…見てる…? 僕のはしたない姿で…少しは愉しんでくれてる…?』
「ああ。触りてぇな」
『僕も。キミの大きな手で撫でられたい…』
「撫でるだけでいいのかよ?」
『意地が悪いね…辰巳』
ちらりと向けられた視線が画面越しに辰巳を睨む。さらりと揺れた金糸の髪が碧い瞳をほんの少しだけ隠して、払いのけてやりたいと、そう思う。
――俺も大概だな。
苦笑を漏らしながらも煙草に火を点けた辰巳は、紫煙を吐き出しながらフレデリックに告げた。
「どこをどうして欲しいのか教えておけよ。今度会ったら、同じように可愛がってやる」
衣擦れの音を響かせながらフレデリックの手が寝台を滑る。伸ばされた指先が、双丘の奥の蕾に触れるのが見えた。
『ここに、キミの太い指が欲しい…』
躊躇いもなく伸ばされた長い指が蕾を割り開く。僅かに覗く媚肉の生々しさに、思わず辰巳は息を呑んだ。あっという間に指先が潜り込んだ媚肉がひくりと震える。
『んッ、ぁ、指で…っ掻き回されたい…ッ』
「好きにしろよ。だが、まだ指は増やすな」
『そん…っな…、意地が…悪いよ…。足りるはずがない…っ』
「だからだろ」
『っ好きに…していいって、言ったのに…ッ』
辰巳の手が届くことはない。好きにする気になればいくらでも好きに出来る状況だというのに、だがフレデリックは指を増やそうとはしなかった。
「ずいぶん良い子でいるじゃねぇか、なぁフレッド」
『ねぇ辰巳…約束して? 僕が良い子で…っいたら、会いに来てくれるって…』
「はッ、ケツの穴弄りながら言うことがそれかよ?」
『ぁ、だって…っ、はやくッ、キミにここを犯されたいッ』
微かなノイズを纏ってスピーカーから流れ出るのは、ともすれば狂おしくも聞こえるフレデリックの声。それが、何よりも辰巳の欲情を煽った。
「ったく、馬鹿みてぇに色気振りまいてんじゃねぇよ阿呆。俺が我慢しなきゃならなくなっちまうだろぅが」
『して? 僕のせいでたくさん我慢して、我慢できなくなって、はやく僕のところに来て』
画面越しのフレデリックが辰巳を煽る。
『ねぇ辰巳…ッ、はやく…、早く…っ、ここをキミの熱くて硬いもので犯されたい…!』
「勘弁しろよお前…」
『だって…辰巳が悪いんじゃないか…』
拗ねたように囁くフレデリックに溜息を吐いて、辰巳は煙草を揉み消して立ち上がった。
「付き合ってられっか阿呆。女抱いてくるわ」
『ちょっ! は!? 辰巳ッ!?』
「恨むんなら俺を煽ったてめぇを恨めよ」
フレデリックの悲壮感漂う声に構うことなく、辰巳は一方的に電話を切った。画面が切り替わってもなお、スマートフォンの液晶を占めるフレデリックの画像に溜息が漏れる。もちろん設定したのはフレデリック本人だ。
別段電子機器に疎い訳でもない辰巳ではあるが、わざわざ画面だの着信音だのを変える几帳面さもこだわりも持ち合わせてはいない。それどころか必要なものまで他人に設定させる始末である。当然フレデリックが悪戯をしないはずがなかった。鼻歌を歌いながら自撮りをし始めるフレデリックを、辰巳が呆れた顔で眺めていたことは言うまでもない。
ソファに放り出したスマホがすぐさま着信を告げる。画面に表示される名前は見るまでもない。やれやれと溜息を零しながらも通話ボタンをスライドさせてしまうのは、やはり惚れた弱みというものだろうか。
返事をする間もなく、回線の向こうからはフレデリックの不機嫌そうな声が流れてきた。
『冗談にしても笑えないよ辰巳…』
「本気で女抱くとでも思ってんのか?」
『それもさることながら、僕にあんな真似をさせておいて本当に電話を切るとはね…』
「放置されんのもたまにはいいだろ?」
辰巳が新しい煙草を点ければ、電話の向こうからは溜息が聞こえてくる。
『一週間も我慢してるっていうのに、協力してくれないならキミを攫いに行かなくちゃいけなくなる』
「やれるもんならやってみろよ」
売り言葉に買い言葉。というよりも、普段通りの受け答えをしてみたものの、不意に静まり返った気配に辰巳は煙草を咥えたままガシガシと頭を掻いた。
「あー…悪ぃ。今のなしな」
さすがに、フレデリックの状況を考えれば性質の悪い煽り文句だという自覚はあった。否、それよりも何よりも、本当にフレデリックに動かれては辰巳自身が気まずくて仕方がない。
「おいフレッド、黙りこくってんじゃねぇよ」
『キミを攫いに行く』
「っ待て待て、俺が悪かったって言ってんだろぅが。お前が居ねぇ間に何かあったら困るだろ」
『たった二日の事じゃないか。それくらいクリスがどうにでもするよ』
答えながらもどこか上の空に聞こえるフレデリックの返事に、辰巳はいよいよもって危機感を覚える。
「お前、マジでチケットの予約なんかしてねぇだろうな」
『してるけど?』
どうしてこう、この男は予想を裏切らないのかと苦い思いを噛み締めつつも、フレデリックのそんな些細な違いに気づくのは自分だけだという妙な満足感が辰巳の心の内に沸き上がる。だがしかし、だからといってそのまま放置しておくわけにはいかなかった。
「やめろっつってんだろ。謝ってんだろぅが」
一度言い出したら実行せずには気の済まないフレデリックを止めるのは至難の業だろう。だがフレデリックの方…否、組織やクリストファーの事情を考えれば、今フレデリックに個人的な理由でフランスから離れられては困る。
不用意極まりない発言をしてしまったと、ガラにもなく辰巳が後悔していれば、回線の向こうから聞こえてきたのは嫌がらせとしか思えないフレデリックの一言だった。
『じゃあ、これから一時間、僕の言う事を聞いてくれる?』
「はあ? どうして俺が…」
『聞いてくれないなら、明日キミを迎えに行く』
言葉を遮るフレデリックが、辰巳に反論を許す気がないという事だけは確かで。
「わかったわかった。聞いてやっから言ってみろ…」
どうせ見えはしないからと項垂れながら辰巳が言えば、フレデリックの要求は直球で返された。
『じゃあ、先ずはベルトを外して? それからズボンと下着を脱いで』
「お前なぁ…、さっきの仕返しか?」
『それとも、キミのことだから最初から何も身につけていないかな?』
まるで見透かしているかのように言うフレデリックに、辰巳は答える代わりに小さく舌打ちを鳴らした。仕事から戻ってすぐにシャワーを浴びた辰巳は、未だそのままの姿で酒を飲んでいたところだ。
『手間が省けて結構だね』
「うるせぇな。喜んでんじゃねえ」
聞こえてくるこれ見よがしに嬉しそうな声に悪態を吐いてみても、フレデリックはどこ吹く風である。
『じゃあ電話はそのまま、空いている方の手でキミの素敵な分身を握って? 横から優しくね』
「変態が」
『いくらでも罵ってくれていいけれど、手は僕の言う通りに動かすんだよ? それに、あまり可愛くないことは言わない方がキミのためだと思うけれど』
「なんでだよ…」
『恥ずかしがり屋なキミのために、これでも僕は気を遣ってあげているってこと』
フレデリックの一言に、辰巳は息を詰める事しか出来なかった。つい今しがたまでフレデリックがしていたように画像までをも映せと言われたら、それこそ堪ったものではない。
フレデリックの言う通り、辰巳はフレデリックほどの大胆さを持ち合わせてはいなかった。カメラの前で自身を慰めるなど御免である。
「そんで? どうしろって?」
『そうだなぁ、ゆっくりと手を上下に動かして? キミの自身が涙を浮かべるまで、優しく育ててあげるんだよ』
「その言い方…ヤメろ、変態くせぇんだよお前は…」
そうでなくともすぐそばに聞こえるフレデリックの声がやけに艶めかしい気がする。
『キミだってそろそろ欲求不満のくせに』
フレデリックに言われるまでもなく、溜まった欲求に辰巳の雄芯は少し刺激しただけで早々に頭を擡げた。先端に浮かび上がる透明な雫を親指で押し潰す。さして大きくもないはずの水音がフレデリックに聞こえてしまいはしないかと、そう思うだけでやけに躰が熱くなる。
「ッ…、……ぅ」
『気持ち良くなってきたかい?』
「だっ…たら、どうだってんだよ…」
憎まれ口をたたいたところで、息のあがり始めた辰巳の声に迫力などありはしなかった。けれどそれがフレデリックを喜ばせているのだろうと、無意識に辰巳の口角が笑みを象る。
「させたかったんだろ…?」
『よく分かっていらっしゃる』
電話越しに聞こえてくるフレデリックの笑い声に、辰巳はゆっくりと目蓋を閉じた。感覚をひとつ遮断するだけで、他の感覚がより鋭敏になっていく。
『ねぇ辰巳、一週間我慢してた? それとも、自分でシた?』
耳元に囁くフレデリックの声に、辰巳は無意識に頭を振った。
「っして…ねぇよ…」
『ふふっ、僕も…我慢してた。今頃キミは、浮きあがった血管まで透明な雫で濡れているね?』
「だから…っ、それヤメろっ、……ってんだろ」
もう少し普通の言い方はないのかと毒づく辰巳には、こんな行為自体を普通はしないという考えさえ浮かばない。
フレデリックは、辰巳に構うことなく言葉を紡いだ。
『ほら、手を止めないで? 上手に自分を慰めてあげないと、ね? キミの気持ち良いところをたくさん擦ってあげるだけだよ。出来るだろう?』
「ぅる…せぇ…」
『ちゃんと僕が見ていてあげるから、手を動かして』
フレデリックの口振りは、本当に辰巳のすぐそばにでも居るようなそれだった。
「っぅ、…ぁ、……っは」
『あぁ…素敵だよ辰巳。吐息がとても熱くて…いやらしい』
囁く声の熱までもが伝わってくるような、フレデリックの声。
『キミが呼吸をするたびに上下する引き締まった腹筋も、欲にまみれたキミ自身も、すべてが美しいよ』
「フレッドぉ…、てめ、ぃ…っ加減に、しろ…ッ」
『今さら恥ずかしがらなくても、キミのことなら何でも知ってるから大丈夫。安心して辰巳のいやらしい声を聞かせて?』
フレデリックに安心しろと言われたところで何の支えにもなりはしない辰巳ではあったが、ぬるい手慰みを諦めるには充分だった。ぐちゅりと、ひときわ大きな水音が辰巳の手の中で響く。
「ぁ、ぁッ、…ぃッ」
『ねぇ辰巳、気持ち良いって言って?』
「良いから少し黙れっ、……ッ阿呆。イけねぇだろぅがッ」
プツリと、何かが辰巳の中で切れる音がした。”邪魔だ”と、そう思った時にはもう手遅れで、辰巳の指はあっさりと終話ボタンに触れた。画面に浮かぶ嫁のにこやかな顔に舌打ちし、手の中の端末を放り投げる。
「は…ッ、あ、クッソ、…ンでてめぇで…こんな事…ッ」
手を動かすたびに聞こえてくる水音の生々しさに悪態を吐き散らす。もはや勢いに任せたまま、辰巳は自らの手で欲に反り勃った屹立を擦りあげた。次第に、呼吸が速くなっていく。
――ッ、イ…く…ッ!
深く沈み込んだ腹に筋肉が隆起する。辰巳はきつく目を閉じたまま欲望を吐き出した。
「ッ、は…っ」
達したところで萎える気配もない手の中の熱と、吐き出された体液の感触に目を開ける気にすらなれない。
「……クソかよ」
ぼそりと呟いた辰巳の声は、広い部屋に空しく響いた。
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