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第2章 ルームメイトは係長
恥の多い生涯を送ってきました。
自分には人の感情、営みといったものがこの歳になっても見当つかないのです。
その人は自分にもてる限りの愛情を注いでくれました。ですから、自分もそれに応えるために精一杯努力をしました。努力をする度に、その人は自分の頭をそっと撫でては、耳元で『本当にお前は優しい子だね』と囁いておりました。
けれども自分にはそれが嫌な音にしか聞こえませんでした。例えるなら祈祷師やら呪術師やらに不吉なおまじないをかけられているようで、それはそれは不快で仕方がなかったのです。
つまり、自分は周りが思っているほどニンゲンではないのです。ニンゲンではないですから、おべっか精神を発揮して最大限の笑顔を振りまきました。
しかし所詮作り笑顔。苦痛を押し殺して作った、いかにも不自然な笑顔ができあがるのです。特にはじめはヘタクソでしたから、当時の写真には不自然さが顕著に出ておりました。引きつった口角に握りしめた拳……この奇妙な絵柄でよくもまぁ、バレなかったものだと我ながらに感心しております。
ある日、その人は死にました――。
ベッドの上で冷凍マグロのように冷たく、硬くなったその姿を目にしたとき、自分が悲しいと感じることはありませんでした。
葬式の席でもそうでした。親戚たちはみんな涙を流しては棺の中の死体にお別れを言っておりましたが、いざ自分が棺の前に立つと、涙を流すどころか、むしろ、あぁ、こんなものかと思う程度でありました。
『こんなもの』がどんなものだったのか、それは今でもわかりません。ただ、さすがに人を失う辛さが全く分からない歳、といわけでもなさそうでしたから、年齢ゆえの無知でないことは明白でした。
『死』という概念が漠然としたまま葬式の席に放り込まれた自分は、何をしたらいいのかわからぬまま、ぼんやりと遺影を眺めておりました。
生気を失い、死んだ魚のような眼で遺影を眺めている自分を見た親戚がこう言っておりました。
「きっとあんまりのショックで心を閉ざしてしまったのだ。あぁ、かわいそうに」
別にショックと言うほどのショックはなかったのですが、心を閉ざしていることにすれば一連の無感情を納得させることはできました。だから、ショックのために感情がフリーズしてしまったのだと思い込むことにしたのです。
しかし、よく考えなくてもこの話はおかしく、本当に自分が優しい子であるならば、葬式の席で何も感じないということはなかったでしょう。
やはり自分は異常なのです。
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