キスの日

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 それは、暑い日と肌寒い日が交互に来る様な、目まぐるしい気候が続くある日の事だった。 「はい、お裾分け」  千都香と清子の教室が有る日を事前に聞いた上、終わる頃合いを見計らって、和史が壮介宅にやって来た。挨拶もそこそこに渡された重みのある包みからは、瑞々しく青くさい匂いがほんのりと漂っている。 「わ! 小さいたけのこ?!」  壮介が包みを開けていると、片付けを終えた千都香が手元を覗き込んではしゃいだ。広げた紙の上、二重になった新聞紙の内側に、細い筍がきっちりと整列している。 「あら。これ、根曲がり竹よね?」 「俺の地元じゃ姫竹って言ってましたね」 「へえ、いろんな言い方が有るんだねー。これは月山筍って言われたよ、送り主さんの地元の名前そのまんま」  この細い筍が初見だったのは、千都香だけらしい。和史は月山筍を一本取り出して、ひょこひょこと振ってみせた。 「前にも貰ってたんだけどさ。壮介にあげても無駄になるだけかなって」 「いや、これは貰ったら食うぞ」 「へえ……」  千都香が物珍しそうに壮介を見ている。壮介が普段いかに物を食べないかを見て知っているからだろう。 「こいつは皮剥いて茹でるだけで食えるからな」 「ふーん……」 「天ぷらとか煮物はよく見るわよね」 「炊き込みご飯も有りますね」 「よそで食うならそういうのだろ。料理らしい料理じゃねぇからな、茹でてマヨネーズ付けるだけなんて」  現物を知っていた人間がわいわい騒ぐ傍らで千都香が腑に落ちない顔をしているのが気になる。壮介は台所に出向いて、包丁とまな板を持って来た。 「こうやって剥いて茹でんだよ」  筍の先を落として、縦に包丁を入れる。包丁は壮介が昔使っていたナイフより大きく少々やりにくかったが、首尾よく剥けた。 「へえ!」 「まあ」 「すごい上手……!」  思った以上に感心された。食にも料理にも縁の無い壮介が一般的ではない食の技術を披露したのが目を引いたのだろう。昔とった杵柄様々だ。 「でも、これ全部茹でて食べるんですか?」 「多いよね、飽きるかも」  確かに、結構量が有る。 「……これ、半分天ぷらにしましょうよ!」  一瞬の沈黙の後、清子が言った。
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