或る日の侍女と騎士

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「そういうことなら、ステファン伯爵にも就任の挨拶に行ったほうがいいわね。今日はちょうど、周辺国の情勢について陛下に報告をする日だから……リア、案内してあげて」 「わたしがですかっ!?」 このときのグロリアの顔は、エリーゼがこれまで目にしたことのない(たぐい)のものだった。 驚きと困惑のなかに、気恥ずかしさのようなものが混じっている。 新鮮だわ。このふたりって、やっぱり…… エリーゼの想像は膨らんだ。 「わたしも同行したいのだけど、湾港事業の件でアビゲイル様が、もうすぐいらっしゃるのよ」 エリーゼたっての願いで、先月よりウイッチ商会の次期会頭であり、オリバーの姉君である才女アビゲイルは、湾港事業における相談役に着任している。 「家業がお忙しいなか、こちらまでいらしてくれるのだから、不在にするわけにはいかないでしょう」 エリーゼの言葉に、グロリアは頷かざるを得ない。 「……かしこまりました」 「よろしくね」 執務室の外に消えていくグロリアとレオンを、エリーゼは笑顔で見送った。 なかなかお似合いかも。 エリーゼの斜め前の席では、事の成り行きを見ていたオリバーが、ペンを走らせながら口を開く。 「わたしの記憶では、姉が登城するのは、あと1時間後のはずですが」 「オリバー、そこは気を遣ってあげないといけないわ。久しぶりの再会ですもの。積もる話があるってものよ」 「あまり積もってはいなさそうでしたが」 「もう、見てわからない? 花が咲きそうで、まだ咲かなそうな、あのふたりの焦れ焦れとした雰囲気。ここはなんらかの後押しが必要な場面だわ」 「ほう……わたしの姫は、花のような男女の甘い雰囲気がお分かりになるのですね」 ペンを置いたオリバーが、机の上に両肘をついて手を組んだ。その上にモノクルが光る顔をのせる。 「もうとっくに咲いているわたしの想いには、いつごろ気づかれるのでしょうか。それとも、もうすでにご存知で、わたしは水も肥料も与えられず、焦らしに焦らされているのでしょうか。まぁ、花が枯れる心配はありませんが。これは姉がくるまでの間、是非とも話したい案件ですね」 レオンとグロリアにいらぬお節介をやき、自身は藪をつついて蛇を出してしまったエリーゼである。
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