春の夜

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「姫様、いかがされましたか?」 侍女兼護衛であるグロリアが、背後からエリーゼにささやく。 「リア、少しだけ庭を歩いてくるわ。わたしに今必要なのは、新鮮な空気よ」 「ごもっともでございます。お供させていただきます」 「いいえ、ひとりで行かせてちょうだい。不気味な花を持った参加者が追いかけてこないように、リアにはここで見張っていてほしいの」 エリーゼからヘンテコな花を受け取ったグロリアは納得顔で、「かしこまりました」と優雅に一礼した。 「いつも悪いわね」 開放されたテラスを横切り、エリーゼはこっそり庭園の奥へと逃げた。 澄んだ空気を胸いっぱい吸い込み、小さな噴水の(ふち)に腰掛けると、星空を見上げる。 「花より星の方が断然いいわ」 束の間のひととき。エリーゼは天上に輝く星々をつなげ、星座をつくる。 美しい女神に捨てられた悲しい英雄たち。 金色の羊を求めて旅する船団や竪琴の名手の物語。 気に入らない者を猛獣の姿に変えてしまう神や、頼んでもいないのに勝手に哀れんで少女を星にしてしまった神もいる。 エリーゼは幾つもの神話を頭に浮かべ、神々の身勝手さと嫉妬深さを笑った。しかし、できることなら ―― 「わたしも星になりたいわ。そうすれば、天上からこの大陸を眺めることができるもの」 「貴女(あなた)は星になりたいのですか?」 エリーゼの全身に緊張が走る。 ここで問いかけられるとは、あまりに予想外だった。
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