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「・・・何言って・・・」
「おや?図星でしたか?ちょっとした推理ですよ。こんな状態で貴方様と私が5分以上も話していますのに誰お一人様子を伺う気配がございません。しかし駐車場には車が2台。奥様以外の誰かが2階にお上がりになっているのかと♪もちろん悩みの主犯格は・・・」
「・・・息子は・・・病気でして・・・」
私はいつもの決り文句を使う。近所や親戚に紘汰について聞かれたら、一貫してこう答えるのが家族のルールだ。
「あーーー なんてことでしょう!!あなた様は未だにそのお言葉を常備されていらっしゃる!!まるで進まなくなった時間を永遠にさまよっているかのように!」
「あなたに何が分かるんですかっ」
耐えきれなくなり、大声を張り上げてしまった。しかし、その勢いも一瞬にして消えてしまう。
「・・・あんな子・・・いなくなれば・・・」
男に気を許したわけではない。これまで溜めていた本音が、ついに出てしまった。
私が何度あの子と話そうとしただろう。私が何度家族に相談しようとしただろう。私が何度あの子が喜びそうなことをしただろう。私が何度「息子は病気でして」でやり過ごしてきただろう。
・・・一体誰が労ってくれただろう。
もう疲れた。
「奥様のお気持ち お察しいたします。」
隙間から覗いたまま、男が語りかける。
「私ができることでしたら何でもいたします。」
「・・・売らせてちょうだい・・・あの子を・・・息子を売らせてちょうだい・・・」
藁にもすがる思いだった。
男は暫く黙ってから 力なくうずくまる私と目線を合わせた。
「それは 同意が得られたということで宜しいでしょうか?」
「・・・えぇ・・・」
我が子を売り飛ばすなんて、自分でも非情なことをしていると分かっている。
でも、もうこれしかないのだ。
今すぐにでも この生活から抜け出したい。
「・・・承知いたしました。しかしこちらも説明責任がございますから取り引きの詳しい内容を・・・」
「いらないわそんなの。」
私は言い切った。
ここで新たなことを聞いて、紘汰を手放すことへの罪悪感ややるせなさが増えたら余計に売れなくなる・・・今までの生活がさらに続くことになる・・・そうなる前に・・・
「そうですか。ではあなたの息子さんをお引き取りいたします。本日はご利用ありがとうございました♪」
上機嫌な社交辞令と共に 男は扉から手を離す。
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