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バタンっ・・・扉が勢いよく閉まり、私はさらなる脱力感に襲われた。
一体何だったのだろう・・・これは明晰夢ではなかろうか・・・もう一度扉を開けたが、男は跡形もなく消え失せていた。
「おい。」
夕刊から顔を覗かせた夫が 珍しく口を開いた。
「それ どこに持っていくんだ?」
「え?」
お盆に乗せようとした焼き魚が手から滑り落ちそうになる。
「どこって・・・紘汰の分じゃない」
「・・・誰だ?そいつは」
夫はありふれた質問をするように真面目に聞いてきた。
体の内側がどんどん熱くなってくる感覚を押し殺しながら、階段を上がっていく。
「・・・紘汰・・・ねぇ紘汰っ・・・紘汰ってば・・・」
ドンドンドンドン・・・いつもの比じゃないくらいドアをノックするが、向こう側は静寂に包まれている。
たまらなくなりドアを開ける。
「・・・・・・え・・・・・」
部屋は 見たことのない衣装部屋になっていた。
「・・・お母さん何やってるの?」
「!?っあ、彩・・・ねぇお兄ちゃん見なかった?見つからないの。」
「・・・お兄ちゃんって・・・子どもは私しかいないじゃん。」
彩も夫と同じように 真面目な顔で答えた。
「・・・え、ちょっとお母さん大丈夫・・・?」
心配する彩の声も まともに耳に入らない。
自室に飾られているはずの写真立てから 紘汰が消えている。
小学生の頃紘汰が描いてくれた似顔絵も 彩の賞状にすり替わっている。
玄関から 紘汰の靴が消えた。
いない・・・いない・・・どうして・・・
売ったのだ。
紘汰の存在自体を 私は売ってしまったのだ。
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