5人が本棚に入れています
本棚に追加
「要は家庭環境と言うことですよ。」
甲高い声に振り向くと、あの時と全く変化のない格好をした仮面男が立っていた。
「・・・どういうことなの・・・」
「貴方様がお売りになった紘汰君を、あの夫婦が買い取ったのですよ。いやー助かりました!ご夫婦は子宝に恵まれず、長年寂しい思いをされてきたそうです。充分大人ですが、大いに喜んでいらっしゃいましたよ。」
「・・・そんな・・・だって・・・紘汰は・・・」
私が言葉を詰まらせていると、仮面男は静かに近づいてきた。
「『引きこもりだった』ということですよね?」
「・・・私が何度呼んだって、出てきてやくれなかった・・・」
精肉店のショーケースが背中に当たり、逃げ場を失ってしまう。
男は、声のトーンを少し落とした。
「世の中にはいくつもの事例がございます。なので一概に踏み込むことはできませんが・・・住吉様。あの状態をお作りになったのは、本当に紘汰君自身なのでしょうか?」
「・・・えっ・・・」
「さぁ・・・よく思い出して下さい・・・」
「紘汰すごいじゃない!クラスで最高得点だったんだって?!」
『あの気に入らない親の子なんかに負けなくて良かった・・・』
「この高校って 進学率がすごくいいんだって!」
『周りからもよく知られてる良い高校だからね・・・』
「夜遅くまでやってるけど、あまり無理しないでよ?」
『ここで倒れられたら面倒だし・・・』
「紘汰?ねぇどうしたの?何かあったの?」
『大学まで行かせてあげたのに・・・』
「お願いだから出てきて・・・あなたの顔がみたいの・・・」
『そしてちゃんとした就職をして、私達の生活を守っ・・・』
紘汰のためを思って言葉をかけていた。
そのつもりだった。
でも・・・裏の本心は・・・
「・・・息子は・・・取り返せないの・・・?」
「取り返してどうします?」
男は白い仮面をずいっと向けてきた。
「取り返したところで・・・あなたはどうします・・・?」
「もっときちんと話し合って・・・!!!『もう恥ずかしい思いをしたくない・・・』」
あぁ・・・私・・・
そういう考えしか・・・浮かばなくなってる・・・。
背中を預け 足からがっくりと座り込む。
「人生に巻き戻しは無いのですよ。住吉様。」
男は私を見下ろしていた。
「変えられない過去を残すのも 未来を変えていくのも・・・全ては一人の所有権なのですから。」
最初のコメントを投稿しよう!