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本棚に追加あなたの物語はどこから?
最近、よく通勤中に創作論の読み物を読んでおります。
そんななか、とある読み物には、「これからの小説はキャラクター性が重要になってくる。難なら、構造よりも大事なんじゃ」と書いてありました。
わたしはアイデアを思いつくとき、「こんなキャラクターを書きたい!」→「じゃあたぶんこういう出来事が生まれるな」というパターンと、「こういう状況が書きたい、こういう展開になってほしい!」→「じゃあこういうキャラたちが必要だ」というパターンがあると思います。
つまり、キャラクターと構造、どっちが先か問題です。
ここで過去十数年まで自分を振り返って思うのは、長いお話は「キャラクター先行」、短いお話は「構造先行」が多い気がしています。
たとえば自作を例にすると、長編である『放課後の恋愛心理学』は、心理学の天才・「渡会くん」というキャラクターありきの物語です。そこから話を組み立てています。(渡会くんの性格自体には途中リテイクしてテコ入れもしましたが)
一方で、たとえば妄コン用短編『ネバーエンディング・サマーホームワーク』。こちらは「八月三十一日まで宿題を一切しなかった小学生たちがやっちゃう面白いことってなんだろう」と、完全に構造頼りのお話です。ほか、『オンナンコは誰でも』なども同じ作り方をしてます。
……と、自己分析してみたんですが、不思議なことに、『放課後の恋愛心理学』では構造を気に入って下さる方が多く(選評もキャラクターよりストーリーのほうが評価が高かったです)、『ネバーエンディング~』は、キャラクターを気に入って下さる方が多かったような気がしています。あっれぇ?(笑)
まぁ結論として、「切っても切り離せない関係」と言ってしまえば簡単なんでしょうけれども、たぶん反省としてひとつ挙げられるのは、キャラクターありきにしてしまうと序盤で妙に力が入ってしまうということかなと。「こいつを書きたいんじゃあ!」という熱意が若干の空回りをしている気がします。
あ、あと、あまりにそいつだけが強烈すぎて回りがぼやっとしてしまうなんてのもあるような。
……ふわっとした反省だな!!
ちなみに、以前とのさまがYouTube配信にて、『「主張」と「キャラクター」、どちらが創作のエンジンになるか』みたいな話をされていて、そのふたつを比べるとわたしは完全にキャラクター派です。
「読んで心にぶっ刺さる」よりも「読んでなんかよくわかんないけど楽しい」を書きたいと思っているわたしは、主張は完全に後付けの世界です。
い、いや、『放課後の恋愛心理学』の後半にはセンシティブな部分もあって、自分の熱い思いをかなりふうふうした状態でお出ししてはいますけれども! あ、今のコロナ禍ではあまりよくないなそれは!
あと、単純に描写で世界観を作り上げられる方は本当にすごいと思います。あぁなりたい。できない。勉強したい。ただの情景描写で「切ない」とか言われたい。
結局なんだかとりとめもない話になってしまいました。
ほかの創作者のみなさまは、キャラクター、ストーリー(構造)、主張、どれから物語を生み出すのでしょうか。
今年のコナン映画(『緋色の弾丸』)を見て、「もとからキャラクターが立っているってエンターテイメントとして強すぎるな」と愕然としたわたしは、改めて、この議題を蒸し返してみることにしたのでした。

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