盗賊狂想曲

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「予告致します。今宵零時、貴方の大切なものを頂きに参ります」  実業家の伊集院氏の所にこんな手紙が舞い込んで来たのは、とある週末の午前中のことでした。  伊集院氏と言えば、宝石の蒐集家として知られています。その金庫には、様々な美しい宝石の数々が収められていました。  その中で最も価値があると言われていたのは、「アンジュの星」と言われる大粒のダイヤモンドでした。キラキラと輝くそれは、世に隠れのないお宝でした。 「お父様、こんな物が玄関扉に貼られていましたわ」  令嬢のさつきさんが伊集院氏に手紙を見せました。長い黒髪の美しい令嬢は、伊集院氏の一人娘です。 「何、玄関に? 門番は一体何をしているんだ!」 「今朝僕が見た時には、何もありませんでしたよ」  と言ったのは、伊集院氏の家に住み込んでいる遠縁の若者・高槻君でした。きっちりと学生服を着込んだ、実直そうな感じの青年でした。 「とにかくこれは、世を騒がす怪盗百面相の仕業に違いない。すぐに警察に連絡しろ!」  伊集院氏の号令で、高槻君はすぐに電話をかけに走るのでした。 (オイオイ、我輩はそんな予告など出しておらんぞ)  と、怪盗百面相は思いました。  彼は得意の変装で、庭師に化けて伊集院邸に潜り込んでいました。邸内の騒ぎなど、手に取るように判ります。  誰か同業の奴がやったのか。ならば、先を越されてしまうかも知れない。 (もう少し内部の様子を探ろうかと思ったが、マアいい。これに便乗してお宝を頂くか。同業の奴が来たとて、こちらが奪い取ってやるさ) (百面相が来るなんて……マズいわね)  と、メイドの花代は思いました。  彼女は女ばかりの盗賊団・ルピナスの一員であり、やはりお宝を狙って潜入していたのでした。 (このあたしにも気づかれずに、予告状を玄関に貼るなんて……流石に百面相だわ)  百面相の手際を思い、花代は少し焦りました。しかし、そこはこちらも大泥棒。すぐに気を取り直しました。 (でもいいわ。百面相が来ようと誰が来ようと、お宝はあたし達のものよ。あたし達に盗めない物なんてないわ) (なかなか、一筋縄じゃ行かねえな)  と、薄墨小僧は思いました。  彼は由緒正しい大泥棒の末裔で、これまたお宝目当てで天井裏に潜んでいたのでした。 (俺は予告状を出すなんて面倒なことはしねえ。ま、邪魔が入るんなら事を急がにゃならねえな)  そして、その夜のこと。  知らせを受けた警視庁の村中警部は、たくさんの警官を伊集院邸に集め、厳重な警備をしきました。 「百面相め、今度こそ捕まえてやるぞ」  これだけの人数で固めていれば、百面相とてひとたまりもないだろう。警部はそう思っていました。  金庫の中は、伊集院氏と高槻君が何度も確かめています。しかし、警官に化けた百面相が何かを金庫室に仕掛けていたことは、誰にも判らなかったのです。  百面相は庭師に戻って庭の中で、花代はメイド姿で邸内をうろつき、薄墨小僧は天井裏でその時を待っていました。  そのうち、広間の大時計が十二時の鐘を鳴らし始めました。鐘が鳴り終わらないうちに、金庫室の隅に仕掛けられた装置から煙幕が吹き出しました。 「百面相だ! 百面相が来たぞ!」 「ええい落ち着け! 惑わされるな!」  警官達が慌てている隙に、百面相は煙を出す為に開けられた入口から入り込みました。右往左往している警官達をあっと言う間に気絶させ、素早く奥の金庫に向かいます。ちなみに変装を解いていないので、まだ庭師の姿のままです。  慣れた手付きであっけなく金庫を開けると、百面相は「アンジュの星」を取り出しました。 「他の宝石達も魅力的だが、今宵はこれだけにしておこう」  百面相は宝石を手に、窓からするりと抜け出し、屋根の上に登りました。 「そこまでよ、百面相!」  銃を手に待ち構えていたのは、メイド姿の花代です。 「ルピナスの花代か。お前もこのお宝を狙っていたんだな」 「そうよ。さあ、命が惜しくば、あたしに宝石を渡しなさい」  庭師の百面相とメイドの花代は、屋根の上でにらみ合いました。しかし、流石の百面相も銃にはかないません。百面相はいまいましげに宝石を渡そうとしました。が。  宝石を投げ渡そうとした瞬間、ヒョイと横からかっさらって行った手がありました。言うまでもなく、薄墨小僧です。夜の闇に紛れるように、真っ黒な全身タイツ姿です。 「ウヌ、お前は薄墨! ……だが何だその格好」 「なんか、変態っぽい……」  百面相と花代も少し引いています。 「うるせえな! 人がどんな格好で盗みをしようと勝手だろう。……マアいい、お宝は俺が頂くぜ。あばよ」  華麗に去って行こうとした薄墨小僧ですが、そうは行きませんでした。百面相の投げたカードが足に当たり、薄墨小僧は屋根から転げ落ちました。落ちた場所は屋敷の中庭でした。  受身を取ったものの、すぐには動けない薄墨小僧の側に、百面相はひらりと降り立ちました。手の中の宝石を奪い取ります。 「これは我輩が頂いて行く。ご苦労だったな」 「くそっ、それは俺のだ! 返せ、この野郎!」 「いいえ、それはあたしのよ!」  花代も屋根から降りて来ました。 「いや、それはわしのものだ! わしが自分の金で買ったものだ!」  いつの間にやら、伊集院氏がやって来て宝石の取り合いに加わっていました。 「そのお金、どうせ汚い手で稼いだものでしょ? あたし、メイドやってる時に見たんだから。取引先や役人に賄賂を渡してる証拠をね!」 「何だと、ふてえ野郎だな! その金、俺達にも還元しやがれ!」 「ならば尚更、我々が盗んでやらんとな!」  そこへ、警官隊を率いた村中警部が駆けつけて来ました。伊集院氏を含めた四人が大乱闘を繰り広げているのを見ると、警部は警官隊に号令をかけました。 「モウ何でもいい。皆まとめて逮捕しろ!」 「はっ!」  大勢の警官隊も乱闘に参加し、現場はますます混乱を極めて行くのでした。      ☆  屋敷の中が大騒ぎになっている頃、裏口からこっそり出て行こうとする人影がありました。 「お嬢様、本当に行かれるんですか?」  おずおずと言ったのは高槻君です。 「当たり前でしょ。その為に百面相の振りをして予告状を出したんじゃない」  さつきさんは、長かった黒髪をバッサリと切って男装しています。その手には、身の回りの荷物を詰めたカバンを持っていました。 「ああしておけば、プライドの高い百面相のことですもの、本当に宝石を盗みに来るに決まってるわ。他の泥棒まで来たのは計算外だったけど、騒ぎが大きくなったから好都合ね」  そう、発端になった予告状を出したのはさつきさんでした。彼女は、騒ぎに乗じてこの家を出ようとしていたのです。 「大切なものと聞いて、お父様は宝石のことばかり厳重に守ろうとなさっていたわ。きっと、わたしのことなんて大事じゃないのね。なら、わたしは自由にやらせてもらうわ」  それは違うんじゃないか、と高槻君は思いましたが、口にはしませんでした。この気の強いお嬢様には、頭が上がりません。 「さあ、参りましょう、秀行さん」  裏口で待っていた駆け落ちの相手と共に、さつきさんは車に乗って行ってしまいました。 (さあて、これからどうしよう)  一人残された高槻君は、考え込みました。お嬢様の家出の片棒を担いだことが判れば、きっとこの家を追い出されてしまうでしょう。 (マアいいや。これが守れたということで、チャラにしてもらおう)  高槻君がポケットから出したのは、「アンジュの星」でした。昼間伊集院氏と確かめに行った時、コッソリガラス玉とすり替えていたのです。  中庭からは、まだ怒号が聞こえています。当分終わりそうにない騒動を、月だけが静かにみつめておりました。
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