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ぽーんっと音がして目の前のエレベーターの扉が開いた。
「果菜、乗った?」
「はい。乗りました」
幸い同乗する人はいなかった。これは35階直通エレベーターだからこの先途中で誰かが乗ってくることもない。
「外が見えるガラス側ぎりぎりに立って下を見ていて。目を離すなよ」
そう言って電話は切れてしまった。
外を見て?しかも下??
シースルーエレベーターの中のガラス面いっぱいに近付いて目を凝らして下を見る。
エレベーターは35階から下降して徐々に地上が近付いてくる。
下の広場が見えてくる。
うん?
そこに立つ小さな人物が次第に大きくなっていく。
その人は顔を上げてこちらを確認するように見上げると大きく両手を広げた。
あれ、進藤さんだ。
更に下降するエレベーターの中から進藤さんの顔がしっかり見えるようになる。
笑顔の進藤さんは更に大きく両手を広げた。
まるで落ちてくる私を受け止めようとするように。
私は大きく目を見開いて進藤さんを見つめてシースルーのガラスに貼りつくように立ち尽くす。
そうして私は進藤さんが私と別行動した理由を知った。
彼は下で私を受け止めてくれるつもりらしい。
地上がどんどんと近づき進藤さんの表情もはっきり見える。
彼の笑顔に釘付けになる。
私の大好きな人がそこにいた。
彼ならきっと本当に私が35階から落ちてきても受け止めてくれる気がする。
絶対そう。
もう疑う余地が何もないほど今は彼のことだけは信じられる。
地上に着く直前に彼の唇が動くのを見た。
「おいで」
そう言っているようだ。違うかもしれない。でも、そんなことどうでもいい。今すぐ彼の胸に飛び込みたい。
あの大きくて温かい胸は私のもの。
1階に着いて扉が開くと同時に転がるようにエレベーターを飛び出して進藤さんの待つ広場に向かって駆けだした。
「進藤さん!」
堪らず声を出すと、こちらに向かって歩いてくる進藤さんが立ち止まり、笑顔でまた両手を広げてくれる。
私はワンピースにハイヒール姿なのに駆け寄ると思い切り大きくジャンプして彼の胸に飛び込んだ。
ぎゅっと私を身体全体で受け止めてくれる。
そしてあの大きな胸で、がっしりした腕で私を抱きしめると「離さないよ」と囁き軽くそっと触れるキスをくれた。
私のヒールがゆっくりと床につくように下ろされても二人の身体はぴったりとくっついたまま。
進藤さんは甘い微笑みを見せる。
「あの日、果菜がこうしてこんな風に深呼吸していた時に偶然、俺がエレベーターで下りて来たんだ。あの35階から」
そういえば、以前彼から聞いたことがあった。
エントランスから出て広場で深呼吸していた私の事を見かけたって。
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