クリニック

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**************** 私には月に一度か二度、夜一人で出かける場所がある。 商業ビルの35階にあるバー『Moderato(モデラート)』 クリニックの上司、木下先生に教えてもらったお店だ。 35階という高層階から見る夜景が素晴らしい。その店の窓際の一人掛けの席が私のお気に入り。 『カウンターと窓際の一人掛けの席と二人掛けのソファー席がメインで、あとはフロアに二人用のテーブル席が少し。だから静かに飲める』と木下先生が言っていた通り、このフロアにはグループで来る客は通されない。 静かにお酒と夜景を楽しむことができる素敵なバー。 本当ならこんな時期にこんな体調で飲みに行くなんてあり得ない状況。だけど、行かねばならない、そう、私は行かねばならない精神状態になってしまったのだ。 週のど真ん中の平日に『Moderato』に向かってしまったのは仕方ない。疲労困憊でむくんでキツキツの足をハイヒールにねじ込んでいるのもそう、全て美和のせいだ。 『わたし結婚が決まったの。指輪ももらったし、これから式場を探そうねって話になって。もちろん果菜も招待するからその時にはスピーチよろしく』 昨夜の電話を思い出してくらくらする。 嘘だ、誰か嘘だと言って。 だって二か月ほど前に会った時には美和は彼氏ができたなんて言ってなかった。赤ちゃんを授かったわけじゃないって言うし、だったらこの二か月で何があったら恋人ができてその上指輪がもらえるような状況になるというのか。 『果菜も失恋を引きずってないで新しい恋を探した方がいいよ』 ううん。引きずるほどの恋をしていたわけじゃないし、そもそも恋だったのかすら怪しいと今は思ってる。 それよりも、今の私にそんなときめくような出会いがあるんだろうか。 出会いもないし、仮に素敵なひとに出会ったとしても、その人が私のことを好きになってくれるなんてことがあるだろうか。 出会いがあったとしてもお互いが好意を抱くなんて関係をどうやって築くの? 両想いになる確率ってどれくらい? 好きになってもらえるように普段からネコはかぶるべき? 私の中の恋愛細胞は完全活動休止状態に入っていて、もはや再起動の仕方もわからない。 実は私が定期的にこのバーに行く最大の目的は夜景を楽しむことでもお酒を味わうことでもなく 『私は一人前の大人の女で、まあまあのいやソコソコ綺麗な大人の女である』という自己肯定感を得るためなのだ。 いや、当初の目的は上司の木下先生の命令でナンパされるためにここに来ていたのだけれどね---。
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