シーン5 並んで歩く二人

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シーン5 並んで歩く二人

「今日、学食に行った?」 「ええ。」 隣を歩く彼女が僕を見上げて聞く。 「…何?」 「…ううん。何でもない。」 そう答えるほかない。 大学から細い路地を歩き、大通りへと向かう。 コンビニの前を通り過ぎ、公園の横を歩く。 彼女はすっと背筋を伸ばし、前方を見ながら。 「今度の日曜だけど…」 今度の日曜日、僕は彼女と遊園地へ行く約束をしている。 アメリカ発祥の大型テーマパーク。 最近リニューアルされたキャラクターの乗り物が 楽しいらしいと、クラスの友達から聞いて 僕はさっそく彼女を誘った。 少しでも楽しい経験を一緒に共有したい。 暖かくなり始めたこの頃は、テーマパークで遊ぶのも 楽しいだろう。 「何?」 かおる子が首を傾げて僕を見る。 長い黒髪が、肩から少し落ちる。 切れ長の目が僕をじっと見つめる。 「…今度の日曜日、バイトが入っていけなくなった。」 僕は彼女の目を見ることができずに、 逸らして、一息に言う。 僕らの横を自転車が通って、僕たちの距離が少しだけ近くなる。 少し、かおる子の肩が僕の腕に触れる。 けれども、すぐにその距離はまた離れる。 「そう。」 見ると、彼女はまっすぐ前を向いたまま一言答えた。 「そうって…それだけ?」 思わず僕の口から不平が漏れる。 「え?」 彼女の白い小さな眉間に皺が寄る。 皺が寄っても美しい。 僕はまた耐えられずに目を逸らす。 「だって、バイトが入ったんでしょう?」 「そう…だけど。」 消え入りそうな声で答える。 「じゃあ、仕方ないじゃない。」 彼女はまた前を向く。 彼女の眉間からはもう皺も消えている。 何の表情も読み取れない。 僕は、履き古した自分のスニーカーを見つめる。 並んだ彼女の、綺麗な靴が見える。 磨かれた革の、ローファー。
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