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シーン6 日曜の居酒屋で
「もっとさあ!何かあると思わん?!」
目の前にチューハイのグラスをドンと置く。
雑多な居酒屋で、僕の向かいに座るのは、
高校時代からの悪友、沖野すぐる。
彼は壁に背をつけて、のけぞっている。
「…お前、その文句は本人に言えよ。」
僕のグラスからこぼれたチューハイを几帳面におしぼりで
拭く。
「言えるわけないじゃん…」
手元のグラスの薄いチューハイの泡がはじけるのを見つめる。
弾けて、すぐに消える。
「でも、お前バイトなんて入ってないじゃん。」
日曜日。天気も良くて、絶好のテーマパーク日和。
昼過ぎに起き出して、ベランダから見える青空に
僕はいてもたってもいられず、家を飛び出し…
すぐるの家に向かった。
すぐるはバイトで家にいない。
彼のアルバイトが終わるのを、僕は近くのスタバで
時間をつぶして待った。
なんて不毛な休日。
「なんで、そんな試すようなことするかなあ。」
すぐるが少し長い前髪をかき上げて、呆れた顔をして
僕を見つめる。
そうだ。僕は彼女を試した。
最低だ。
彼女が悲しそうな顔をするのを見てみたかった。
『えーなんで、楽しみにしてたのに。』と
一言怒ってほしかった。
そしたら、僕はすぐに前言撤回して…
今頃は楽しいテーマパークだったはずなのに。
いつもは無表情な彼女の顔が、
ジェットコースターに乗って、満面の笑顔に変わるのを
見たかったはずなのに…
「もう、ダメなのかなあ。」
机に突っ伏しそうになりながら、声が漏れる。
「ダメっていうか…彼女は別にずっと変わらないわけだろ?」
枝豆を一つつまみ、口に放り込む。
「変わらない。まったく、変わらない。付き合った最初から、ていうか、付き合う前から1ミリも変わらない。面白いぐらいに変わらない。どうしたら、そんなに変わらずにいられるんだってぐらいに変わらない。」
「だったら…」
「いやいや、普通変わるだろ。変わらない?変わるよな?
だって、好きな人と付き合ったら、浮かれたり、沈んだり、浮き上がったり、悲しくなったり、つらくなったり、色々しないか?」
「ん…?まあ…うん。」
すぐるが再び体をのけぞらせる。
「俺は、穴が開くほど彼女のことを見てるんだよ。そりゃあ、もう、一緒にいる時もいない時も、ずーっと。彼女の表情は1ミリも見逃してない。だからちょっとの変化も見逃してないはずなんだ。」
「う、うん。」
「彼女には、正直一目ぼれだよ。俺の一生分の勇気を使って、彼女に話しかけて、彼女から言葉が返ってきた時は、本当にそれだけでいいと思ったんだ。」
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