シーン7 春、彼女は…

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シーン7 春、彼女は…

3月、大学のオリエンテーションで彼女の姿を見つけた時、 僕の世界は変わった。 そこだけ、空気が違った。 時間が止まった。 今でも彼女が着ていた服まで思い出せる。 薄い、黄緑のカーディガンに濃くて深い緑のワンピース。 黒い髪を肩に下ろしていた。 4月、授業が始まって、教室の中に彼女の姿を見つけた。 僕の幸運は、全部使い果たしてしまったかもしれない、と思った。 基礎クラスは週に2回同じメンバーが少人数集まって行われる。 週2回、必ず顔を合わせる… しかも、少人数だから、顔も名前も覚えられる。 彼女は、いつも一人でいて、 滅多なことでは笑わない。 いつも教室に一番最初に来て、窓際の席で本を読んでいる。 クラスの目立つ男子や、違うクラスの自分に自信がありそうな スポーツ系男子、みんな彼女を遠巻きに見ていた。 時折、話しかけたりしていた。 彼女は話しかけられれば、それに答える。 けれども決して笑顔を見せない。 それ以上の話はしない。 話が終われば、彼らはその場を立ち去らずをえない。 彼女は笑わないのかもしれない。 彼女を笑わせたい。 彼女は… 僕は一人妄想を膨らませる。 彼女にアプローチをかけては、相手にされず 手頃な男女交際を楽しみたい者たちは 離れていく… いつも一人でいた彼女に明るく話しかけるツワモノが現れた。 その(まゆずみ)ハナエは僕の高校時代からの友人だった。 ハナエがかおる子を僕たちのグループに引っ張り込んできた時、 心の中で僕は 何度となくガッツポーズを繰り返した。 よくやった、と撫で繰り回したいような気持だった。 彼女と同じ空間にいることができる。 それだけで僕は、これ以上何も望むまい、と思った。
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