シーン8 居酒屋を出たら

1/1
前へ
/23ページ
次へ

シーン8 居酒屋を出たら

ハナエのおかげで、彼女の笑顔を見ることができた。 いつも笑わない彼女が笑うと、それはもう、本当に 涙が出るぐらい嬉しかった。 「いや、お前、実際に泣いたんだろ?」 俺の回想にすぐるが口を挟む。 「うるさいな。なんで知ってんだよ。」 「ハナエから聞いた。」 ハナエとすぐるは高校時代から付き合っている。 「ハナエが、気持ち悪がってたんだよ。『俊平が、いきなり泣き出した』って。状況から察するにかおる子ちゃんの笑顔を見たからだって。でも、それが気持ち悪すぎるって。」 「気持ち悪いって、お前、失礼すぎるだろ…」 「いや、気持ち悪いだろ。」 「何でお前らカップルはなんでもかんでも話すんだ…」 「それが普通だろ。」 「普通ってなんだよ、喧嘩売ってんのか。」 僕はもう一度グラスを机に音を立てて、置く。 残り少なくなったグラスからは、もう中身がこぼれることはない。 「売ってねえよ。お前、飲みすぎ。」 すぐるが、呆れた顔で僕からグラスを取り上げる。 居酒屋を出ると、少し肌寒い風が火照った顔を冷やす。 『花冷え』というのだろうか。 この前、彼女を送った帰り道。 彼女が呟いた。 風が吹いて、そっと彼女の髪をさらって、 その風が冷たくて、 彼女が空を見上げて、 どこかから桜の花びらが流れてきて、 僕はその横顔に見とれて。 時間がゆっくり流れて、 彼女が僕を振り向き、 「花冷えね」と呟く。 ああ、彼女に会いたい。 「あれ、俊平?!」 その時、少し離れたところから声が上がった。 見ると、ハナエが立っている。 「なんで、あんた…」 言ったハナエの後ろには、 かおる子が立っていた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加