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シーン8 居酒屋を出たら
ハナエのおかげで、彼女の笑顔を見ることができた。
いつも笑わない彼女が笑うと、それはもう、本当に
涙が出るぐらい嬉しかった。
「いや、お前、実際に泣いたんだろ?」
俺の回想にすぐるが口を挟む。
「うるさいな。なんで知ってんだよ。」
「ハナエから聞いた。」
ハナエとすぐるは高校時代から付き合っている。
「ハナエが、気持ち悪がってたんだよ。『俊平が、いきなり泣き出した』って。状況から察するにかおる子ちゃんの笑顔を見たからだって。でも、それが気持ち悪すぎるって。」
「気持ち悪いって、お前、失礼すぎるだろ…」
「いや、気持ち悪いだろ。」
「何でお前らカップルはなんでもかんでも話すんだ…」
「それが普通だろ。」
「普通ってなんだよ、喧嘩売ってんのか。」
僕はもう一度グラスを机に音を立てて、置く。
残り少なくなったグラスからは、もう中身がこぼれることはない。
「売ってねえよ。お前、飲みすぎ。」
すぐるが、呆れた顔で僕からグラスを取り上げる。
居酒屋を出ると、少し肌寒い風が火照った顔を冷やす。
『花冷え』というのだろうか。
この前、彼女を送った帰り道。
彼女が呟いた。
風が吹いて、そっと彼女の髪をさらって、
その風が冷たくて、
彼女が空を見上げて、
どこかから桜の花びらが流れてきて、
僕はその横顔に見とれて。
時間がゆっくり流れて、
彼女が僕を振り向き、
「花冷えね」と呟く。
ああ、彼女に会いたい。
「あれ、俊平?!」
その時、少し離れたところから声が上がった。
見ると、ハナエが立っている。
「なんで、あんた…」
言ったハナエの後ろには、
かおる子が立っていた。
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