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プロローグ
『悪夢を検知しました、悪夢を検知しました』
さくら探偵事務所兼自宅の寝室。
壁からぬっと顔を出した羊が、無機質な声で繰り返している。
佐倉ハルは全身を冷や汗で濡らして飛び起きた。視界にはクリーム色の壁と本棚。数秒かけて自分がいる場所を認識し、大きく安堵の息を吐く。
ここは両親から相続した持ちビルで、三階に入っているこの探偵事務所はハルの職場であり、今いる四階は自分の部屋だ。
縮こまるように抱きしめた自分の身体は、捜査一課の刑事として働いていた三年前よりも格段に白く細くなっている。その変化が情けないと思う反面、皮肉なことに痩せた身体が、先程の夢は過去のことだと教えてくれた。
嫌な味のする唾を飲み込み、息を整えて頭上の羊の鼻筋を撫でる。
「サンキュー、メリー。……またあの夢か」
額に張り付いた黒髪をくしゃりとかき上げながら、ハルは頭だけの羊、メリーをぼんやりと見上げた。
大きく息を吐きながら目を閉じる。
――薄暗い廃屋、燃え盛る炎、うつ伏せに倒れた男、自分を突き飛ばした相棒の顔――
断片的な映像が脳裏にフラッシュバックする。
しかしそれ以上のことはこの三年間、ひとつも思い出せていない。
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