Last case

6/6
78人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
「え」  ピシリと動きを止めた二人の頭上から、優しい声が降ってくる。 『おかえりなさい、ハルさん、ロイドさん。私のことはお気になさらず、あとは若いお二人でどうぞ』 「メリィィィ!」  お気になさらずと言われても、壁から突き出た羊のアニマルヘッドが気にならないはずもなく。乾いた笑いを浮かべる二人に追い打ちをかけるように、ハルの電話が鳴り響く。 『あっ、もしもし、佐倉さん? あたし、詩織! キルのCD貸すって約束、覚えてる? 今日行ってもいい?』  健全な少女の声に、色っぽい雰囲気が霧散していく。 「あ、ああ……いいよ。あれからご両親とは良好?」 『うん、今まで家族と夕飯一緒に食べるの避けてたんだけど、その時間をプレゼンタイムにしてみたの! そこでちょっと興味を示してくれた曲を夕食後に聞かせて、自分なりの歌詞解釈の説明とか、インタビュー記事で読んだ楽曲の制作秘話を話して洗脳していったら、お父さん通勤中にキルの曲聴くようになっちゃって! セカンドアルバムがお気に入りみたい』  パワフルに近況報告をされ、お父さんお気に入りのアルバム曲『妬みで厄殺、哀しみで溺死』について力説される。 『じゃあ夕方にね! お母さんにちょっと良いお菓子とか持って行くように言われてるから、一緒に食べようね』  詩織に圧倒されていると、覆いかぶさったままのロイドが首筋にきつく吸い付いた。 「いてて、なんだよ、急に」  くっきりと痣のようなキスマークを付けた上から、がぶりと歯を立てられる。予想していなかった痛みに顔を顰めてロイドを窘めると、上から拗ねたような顔でこちらを見下ろされた。 「随分彼女と仲がよろしいんですね」 「ああ、見た目は不良っぽいけど、根は素直でいい子だしな」 「感情も豊かで可愛らしいですし、ハルさん本当はああいう方が好きなのでは?」  妙にとげとげとした口調に驚いて目を瞠る。 「おいおい、まさか妬いてるのか? 彼女は中学生だし、あの子から見たら俺はただの小さいオッサンだよ」 「そんなことありません。ハルさんはこんなに綺麗で可愛くて凛としていてかっこよくて色っぽいんです。きっと彼女も貴方に好意を抱いているに違いありません」 「それはお前の欲目だろ……。だいたい家出しているのをちょっと捕まえて話を聞いたくらいで、好意を抱くも何もないだろ」 「徘徊しているのをちょっと捕まえて話を聞いてもらったのがきっかけで、人生かけて貴方を追いかけた張本人がここにいるのですが」  むすっとして言い返されて、二の句が継げない。そんな極端なやつ、そうそういないと思うんだが。  くだらない言い合いを断ち切るように、再びハルの携帯に着信が入る。 『やあ、ハルくん。今回はカイトの容疑を晴らしてくれてありがとう。ロイドくんも、息子の遺志を継いでくれたこと、ハルくんをもとの元気な青年に戻してくれたこと、感謝しているよ』 「博士? いや、こっちこそ色々と迷惑かけてたし礼なんて……」 『それはそうと、今回初めてコネというものを使ってみたんだが、あれは便利だね。警察関係者に、先日の火災現場にあったわたしの発明品を集めて返却してくれと頼んでおいたら、ポチたちをすぐに持って来てくれたよ。ほとんど焼けて壊れていたし内部もいかれてしまっていたから、今ちょうど直している最中でね。早ければ来月にでもバージョンアップした三匹を届けられるよ』  記憶のメモリはメンテナンスのたびにバックアップを取っていたから、ちゃんとあの子たちのままだよ、と言われ、別れを覚悟していた友人たちに再会できるのだと思うと目頭が熱くなった。 『ポチの外装はどうする? せっかくだから、ふかふかのファーで加工することも出来るが』 「金属でいいです。つるつるのボディに、またあのキモカワな柴犬のペイントしてください。カブトの音声機能? いらないです。あいつ無口だから、多分スピーカー搭載しても喋らないし、俺たちは以心伝心してるから大丈夫です。ライムの声もそのままで。うるさくなんかないですよ、あいつが喋らないと、なんか部屋が静かで落ち着かないですし。あ、でも胸の羽毛はバージョンアップしてやってもいいかな」  ハルの注文を嬉しそうに快諾した博士が電話を切ると、すっかり毒気を抜かれたロイドが苦笑いで抱きしめてきた。 「また騒がしくなりますね」  言葉とは裏腹に、その顔は綻んでいる。  またあの騒がしい日々が帰ってくる。  今度はみんなで、前に進むんだ。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!