Last case

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 一連の連続強盗殺人事件の真犯人は、雪村だった。  正義感の強すぎた彼は、犯罪を犯したにも関わらず軽い刑期を終えただけで解放される犯罪者たちが許せなかった。  そんなとき仕事の関係で、同じ価値観を持った弁護士の鶴岡と出会い、意気投合した二人は結託して自警団のようなことを始めた。許しがたい犯罪者はあえて鶴岡の弁護で無罪や軽罰にし、すぐに釈放にして油断したところを自分達の手で殺害していったのだ。 「警察官でありながら、法で裁くことを諦めて、そのうえ自分達が法を侵すなんて」  憧れていた雪村の正義感が、いつの間にか間違った方向にねじ曲がってしまっていたことに言い様のない悔しさを覚える。 「暴走した正義はもはや正義とは言えません、それは単なるエゴです。彼は自分のエゴを正義という大義名分のもとに振りかざしていたに過ぎません」  きっぱりと言うロイドの口調は静かな怒りを含んでいる。  ハルの傍に行くために警察になったなどと言っているが、警察としての正義感自体もきちんと身についていたようだ。 「ハルさんの相棒だった夏木カイトさんは彼のそんな面に気づき、個人的に彼を調べていました。私も彼の死後に押収されたパソコンを解析しましたが、不自然なほどデータが入っていませんでした。それはもう、内部の者によって消されたのだとしか思えないくらいに。そこで警察庁の伝手を使って調べていくと、彼は発明家の呉羽博士の実の息子だということが発覚しました。すぐに博士に頼み込んでラボに置いてある夏木さんの私物を調べさせていただいたところ、あのUSBが発見されました」  炎の中でロイドがUSBを必死に渡そうとしていたのを思い出す。  救出後、警察と一部の良心的なマスコミに提出されたそれには、カイトが生前調査していた雪村の記録に加え、ロイドが集めた証言や関係者の行動記録、一連の事件の再調査の結果や雪村の裏の人間関係が事細かに記されていた。  身元を偽って暮らしていた鶴岡と密かにやり取りしていた内容も、最近二人が自警団再開に向けて次のターゲットを探していたということも、接点に感づかれないようターゲットは新聞や週刊誌等から選んでいたことも、きっちりとUSBに保存されていた。  鶴岡の死体の前で彼の携帯をいじっていた際にロイドはデータを抜き出したらしい。 「最初に夏木さんのUSBの中身を見たときに、黒幕は雪村で、夏木さんは彼を疑っていることを勘づかれて消されたのだということがわかりました。ハルさんは夏木さんの相棒だったので、雪村はどこまでお二人が情報を共有しているか解らず、二人まとめて偽のアジトに誘き寄せて爆死させるつもりだったのでしょう。ハルさんが思い出してくれたとおり、あのアジトを偵察するよう指示を出したのは雪村で、そのことは他の捜査官たちは知らされていませんでした」 「それで生き残った俺の記憶が戻らないか、雪村さんは気にしてたんだな」  自分の関与が疑われてはまずいと案じたからこそ、心配を装って頻繁に探りを入れていたのだ。  退院後は呉羽博士発明の正体不明なロボットたちと暮らし始めてしまったため、下手に手出ししてコンピュータ等の記録に残されるよりも、記憶が戻らない限りは放っておいた方が安全だと判断したらしい。  先日の女社長に鶴岡が殺害された事件で記憶が戻り、雪村の前でもそのような発言をしてしまったことから、再び狙われる羽目になったというわけだ。  しかし雪村が探偵事務所に到着したときにちょうど出てきたのがロイドだったため、先に彼が捕獲された。それを餌にハルを誘き寄せる算段になったようだが、キャリアの雪村がロイドの存在を知らなかったわけがないし、順番はどうあれどちらにしても二人とも葬るつもりだったのだろう。 「夏木さんの調査は途中で、決定的な証拠を掴むには至っていなかったので、残りは私が引き継ぐことに決めました。それを博士に話しましたが、ハルさんは復職を望んでいるわけではないこと、すっかり人間に心を閉ざしてしまったことを理由に何度も断られました。実の息子はもう死んでしまったし、無実だということも自分が信じているから他人にどう思われていても構わないけれど、その相棒は生きているんだからこれ以上傷つけないでやってくれ、と」  一度は博士が自分を利用してカイトの無実を証明しようとしているのではないかと疑ってしまったが、こんなにも親身になって守ろうとしてくれていたと知り、うっかり涙ぐみそうになる。 「なので、私がかつて交番巡査のハルさんに救われたこと、復職を望んでいないなら無理強いする気はないこと、ただ傍に居て、もとの人懐こくて可愛らしいハルさんに戻ってほしいだけだということを真摯に伝え続けました。事件だってきちんとした形で解決すれば前に進むことが出来るのではないかと何度も足を運んで説得すると、博士はようやく協力すると言ってくれました。そして初めて助手志望として訪れた探偵事務所で――」 「俺が顔も見ずに追い返したってわけか」  確かに一度、博士が助手にと言って連れてきた男を門前払いした記憶がある。  あのときはひたすら人との関わりを持ちたくなかったのだが、だからといってアンドロイドとして再登場されるとは思わなかった。 「意気消沈の帰り道、『人間との繋がりを恐れているハルくんに近付くにはロボットになるしかないな』と冗談交じりに言った博士の言葉に、その手があったかと思いました。やはり博士は天才ですね」  しみじみと言われても……。  天才と天才を混ぜると危険なんだな、とハルは学んだ。 「元々人間らしくないと言われる見た目を活かしてアンドロイドのふりをすると決めてからは、最初が肝心とばかりに博士と登場時の演出を練習し、不測の事態があったときのため常に薄型の防弾ベストを着用し、どんな形でもいいからハルさんの傍に置いてもらえるよう努力しました。正直銃撃されたときは死ぬかと思いましたが、表情筋が乏しくてよかったです」 「でも、ずっとこいつを騙し続けることなんて出来るわけないだろ? バレたらどうするつもりだったんだ?」  ロイドの執着心にもはや最初のような好奇心はすっかり削がれていた橘だったが、思わず口を挟む。 「アンドロイドはハルさんに接近するためのきっかけに過ぎなかったので、カイトさんの事件が解決に近付いてハルさんの精神状態が前向きになったり回復したりしたら、すぐにでも正体を明かす予定でした。ハルさんは本来人懐こく面倒見の良い性格ですし、私と行動を共にするうちに本来の自分を取り戻してくれる可能性もありましたし」 「ふうん……そういえば、あんた公安の仕事はどうしたんだ? 最近は佐倉とずっと一緒だったんだろ?」 「ああ、警察なら辞めました。雪村が怪しいという報告をしても『これ以上あの事件を掘り返して騒がれたくない』と相手にされなかったり、いくつか証拠を掴んでも『決定的ではない』と言って握り潰されたりと、なんだか邪魔な機関だなと思ったので。もちろん、橘さんのように公正な捜査官もたくさんいることは知っているつもりですが」  明日は水曜日ですね、くらいのテンションで言い放つロイドに、二人はピシッと固まる。 「いやでもお前、せっかく超キャリア組で入庁したんだぞ!? いいのかよ、そんな簡単に辞めちまって」  ロイドほど優秀ならば、官僚だろうと警視総監だろうと、将来は相当な役職に就けたに違いない。自分を追いかけるために出世街道を棒に振ってしまったことに罪悪感を感じる。 「ハルさんが情熱を注いだ警察の仕事には実際魅力を感じていましたし、多少悩んだ部分もありましたが、そこにハルさんがいないなら、いる意味がないので。まあ今更戻ろうと思っても、あれだけ大々的に告発してしまいましたしね。もう未練も後悔もありません」 「ロイド……」 「十二歳で初めて貴方に出会った時から、私の心の支えは貴方にもらった言葉で、私の居場所は貴方の隣以外ありえません」  はっきりと言い切る姿にじわじわと頬が紅潮するのを感じる。はっと振り返ると橘までつられて顔を赤らめており、居た堪れなくなって会話をぶった切り、見舞いの菓子を貪った。
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