case. 0

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 雪村との通話を終えると、胸のふさふさを再装着したライムが元気に喋りはじめる。メールチェックタイムに入ったようだ。 『メールが十三件来ています! メルマガ八件、スパム一件、依頼人三件、博士一件です!』  スパムメールを削除したライムは、メルマガを『後で読むボックス』に移動し、続いて三件の依頼人からのメールを順に音読し始める。  先日の迷い猫探しのお礼と、今日報告書を渡す予定の依頼人から来訪時間の連絡、そして新たに浮気調査の依頼が一件。  耳を傾けていると、ライムは心なしか嬉しそうな声色で『博士を削除しますか!』と続けるのでハルは思わず噴き出した。  通信関連のシステムを司るライムはメリーとポチ同様、無機物で作られたロボットだ。  彼は持ち主の反応や設定によりメールなどを用件で振り分け、重要度の高いものを判別して知らせてくれる。さらにメールや電話も音声認識を利用して行うことができる上、簡単な文章であればテンプレートを利用して自ら発信することもできる。  各種送受信に優れた特性を持っており、GPS搭載なので車に乗せておけば外出時に道に迷うこともない。  優秀なロボットである彼に感情はないはずだが、お調子者の気があるのか。こちらの反応を理解して先程のようにブラックジョークを飛ばしてくることもある。 「そこは読んであげてよ」  苦笑いで先を促すと、博士が本日正午に事務所を訪れるという旨のメールが音読された。 「どうせまた変なもん押し付けられるんだろうな」  一頻りメールを読みげて満足そうなライムを撫でて礼を言い、ポチの持って来た朝刊を読みながらコーヒーを淹れる。  そういえばかつては勝手にコーヒーを作って持ってきてくれる、メイド服を着た超合金ロボのようなモノもこの部屋にいたこともあった。ハル自身がコーヒーを淹れるという作業が好きだったため一か月ほどで返品となったのだが、あれもなかなか味わい深い見た目だった。  性能に問題はなかったので、彼(彼女?)は今頃ほかの物好きのお宅で優雅にコーヒーを入れているだろう。  コーヒーポットのまわりで追いかけっこをするポチとライムを眺めていると、一つ下の三階の探偵事務所のチャイムがピンポーンと暢気に鳴り響いた。  ロボや人工知能に囲まれて暮らしているハルだが、ここは決して近未来の世界ではない。  車は空を走っていないし、近所のお婆さんは不老不死ではないし、サラリーマンが異星人と名刺交換をしているなんてこともない。  至極一般的な、令和の日本の冬である。
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