case. 0

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「さてハル君、注目してくれたまえ。こいつは久々に大発明の予感なんだ」  老人とは思えないほど目を輝かせながら博士が箱の蓋を取ると、中には美しい金髪を後ろに撫で付けた青年が目を閉じてその長身を横たえている。 「えっ、死体? いくら依頼されても遺棄は勘弁ですよ」  真っ白な肌に狼狽えていると、青年はゆっくりと瞼を起こし、深海のような碧い瞳でハルを見つめた。 「はじめまして、私の名前はロイドです。あなたは誰ですか?」  低く落ち着いたバリトンが鼓膜を震わせる。  歳は見た目からして二十代後半くらいだろうか。あどけなさは皆無だが、脂の乗ったダンディさを感じるには少しばかり線が細い。 「え、俺? 俺は佐倉ハル。年齢は三十四歳。元警察官で、今は探偵をやってる」  状況が飲み込めないまま咄嗟に答えると、ロイドと名乗った青年は真面目な顔で「ハルさん、三十四歳、元警察、今は探偵」と口の中で復唱している。 「はははっ、驚いたかい、ハル君。本当の人間みたいだろ? 彼はアンドロイド。わたしの発明品だよ」 「ええっ、嘘だろ!? これがアンドロイド?」  驚いて思わずまじまじと見てしまう。確かに顔立ちは人間とは思えないほど美しく、長身で逞しい身体もまるでマネキンのようだ。  しかし今まで機能面は天才的だったもののビジュアル面に大きな欠点のあった博士の作品とは思えないほど、人間らしさが再現されているではないか。 「ん? こいつの顔、どっかで見たような……」 「……ビジュアル面には自信がなかったから、外国のモデルの顔を何パターンか組み合わせてみたんだ。もしかしたらハル君の知ってる顔が混ざっているかもね」 「ああ、それで今回は見た目も高水準なんだな」  特に誰というわけではないが感じた既視感はそのせいか。とはいえ博士クオリティのビジュアルにされてしまわなくてよかったな、と心の中で苦笑した。    しかしそれとは別に、何か引っかかるものを感じる。微動だにしないロイドに顔を近づけて無遠慮にじろじろと見ていると、博士が何か言いたげに溜息を吐いたのでそちらに目を向ける。 「やはり『不気味の谷』は越えられないか」 「不気味の谷?」  人はロボットが人間の容貌に似始めると好感を示すものの、ある地点で肯定的な感情は減少していき嫌悪感を感じる。  そしてその地点を越えてロボットが人間と見分けがつかなくなると、再び共感度は高まっていくといった現象を不気味の谷現象というらしい。  簡単に言うと「人間ぽいけど何か違ってキモイ」という状態のロボットに対して感じる違和感のようなものだと博士は説明した。 「ふーん、こんなにリアルなのにな。あ、でも別にキモイとは思ってないぞ。で、こいつを俺にどうしてほしいんですか」    一応ロイドに弁解してから本題に入ると、博士は子どものように嬉しそうな顔をした。 「よくぞ聞いてくれた! こいつを、助手にしてやってほしいんだ」 「はあ? ……前も言いましたよね、俺はもう、誰ともつるむ気はないって」 「覚えているとも。以前わたしが君の助けになると思って連れてきた人材も、顔も見ず、というか玄関すら開けずに文字通り門前払いしたことも無論忘れていないよ」  ジト目で睨まれてハルは口をへの字に曲げた。  もう相棒も助手もいらないのだ。一人遺されるのは怖い。失うくらいなら、最初からいない方がいい。 「しかし、彼はアンドロイドだ」  自信満々にびしっとロイドを指差す博士に、ハルは逸らしていた視線を思わず戻した。 「見た目が人間というだけで、記憶もメモリチップを抜けばなくなるし、逆にバックアップを取っておけば記憶がなくなることもないし、裏切ったり死んだりもしない。少しサイズが大きいが、今までのロボットたちと同じように試用してくれないかい?」  博士のいつになく熱心なプレゼンと、その横からじっと見つめてくる碧い瞳に気圧されて頷きそうになる。 「で、でも、なんで今回はそんなにごり押ししてくるんですか。こういう高価で繊細そうなやつの実験は、もっと専門の研究所かなんかに依頼した方が良くないですか? 俺、壊しても弁償出来ないですよ」 「ああ、それなら心配ない。こいつは最終的には警察などの公的機関で使用されることを目標にしている。いずれは心身ともに危険を伴う潜入捜査や汚れ仕事などをアンドロイドに任せる時代が来るというわけさ。つまり、ハル君が少し荒い扱いをしたくらいで壊れるなら、それはこいつがまだまだ未完成というだけのことだ。安心して雑に扱ってくれたまえ」  陽気に笑う博士の横で、無表情のままロイドはこくりと頷いている。  自分たち一般人が知らないだけで、時代はそこまで進んでいるのか。ハルは感心しながらロイドと博士を交互に見る。  人間の助手であれば、確実に断っていた。けれど相手はアンドロイドだ。何度か階段から足を滑らせて破損したポチ同様、壊れても修復できる。  高性能とはいえ人間ではないし、多少愛着は湧くかもしれないが相棒のように信頼しあうような関係にはなり得ない。 「まあ、そこまで言うなら……一か月くらい助手として使って、様子を見てやってもいいですけど」  足元ではポチが歓迎ムードを漂わせてしまっているし。  なによりロイドのラピスラズリのような瞳の引力は計り知れないほど強く、ハルは渋々首を縦に振っていた。  大きな溜息を吐くハルとは反対に、博士は説明もそこそこに鼻歌を歌いながら、空になった箱を引き摺って帰っていった。
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