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魔界編:第5章 維持部隊
悪戯
伊澄さんへ報告した時は、あっさりしたものだった。
「移籍? あぁ、聞いてる……そうしたいだろうとは思ってた。送別会くらいさせろよ」
もしかしたら最初から一時的な在籍だとでも言われていたのかもしれない。
帰宅した後ユキに報告したら、思っていたより喜んでくれた。
「そんなに俺のところに来たかったのか?」
僕より嬉しそうにニヤニヤしながら言うユキに、思わずつられて笑ってしまう。
「危ないって、反対されるかと思った」
「そうだな、確かに管理課にいるよりは危ないかもしれないが……真里はどこにいてもなにかと巻き込まれてるだろう?」
「……確かに」
「俺の近くにいてくれた方がまだ安心だな」
ユキにも快諾? してもらえて、移籍は一週間後に決まった。
そんなこんなであっという間に一週間が経ち、僕は移籍を承諾してくれた魔王様に挨拶に行くことになった。
今回はユキと二人で来たのでまだ緊張していないけれど、やっぱりあの人に会うとなると気が重い。
初めて直轄領に来た時と同じ謁見の間に通されて、相も変わらず壇上にいる魔王様は笑顔なのに恐怖を感じるプレッシャーを放っている。
「今回私の判断で真里様の移籍を……」
「いいよ、好きにして」
ハルキさんの言葉を遮るように、魔王様は僕の移籍の事はどうでもよさそうな感じで許可した。
「元々ハルキが決めた人事だからね、私は面白ければなんでもいいよ」
両手を顔の前で組んで、そこにつまらなそうに顎を置いた魔王様は、今日は少し幼めの姿だ。
「それより、先日訪ねてきてたみたいだけど、どうしたんだい?」
新しいおもちゃでも見つけたかのように、顔を綻ばせながら言った魔王様は、正解を分かっていてわざと僕に問いかけているのだ。そう、これは意地悪だ。
「1人で来たのか?」
ユキが首を傾げながら僕を見る、サラッと綺麗な髪が流れ落ちていくのを見ながら、君の誕生日を聞きに来たなんて言えるわけもなく……僕は言葉に詰まった。
「伊澄様の件で、報告に来ていただいたんですよ」
「……ふぅん」
ハルキさんがフォローしてくれて、僕は無言でうなずいた。
納得いってなさそうなユキの声が胸に刺さる、騙してるわけでも何でもないけど、ユキに隠し事をするのはなんだか気が引ける。
「ハルキ……珍しいじゃないか、それは私の娯楽より大事な事かい?」
「魔王様もほどほどになさいますよう」
「ま、いいけどね……それはそれで面白い」
魔王様は標的を僕からハルキさんに替えた様だった。この後怒られたりしないか心配で、魔王様の横に並ぶハルキさんを見上げる。ハルキさんは上半分しか無い狐面の下で微笑みながら、小さく頷いて大丈夫とでも言っている様だった。
「移籍の話はここまでとして、先日魔王様からお話のあった、現世へ真里様をお連れする件ですが……」
そうハルキさんに切り出され、魔王様にそんな声かけをされていたのを思い出して驚いた。色んなことが起こりすぎてて、今の今まで完全に忘れてた!
それを言われた時も、意味深な事を言われた後だったから、全く頭に残っていなかったんだ。
「およそ1ヶ月後を予定しております」
「あの……それって、僕だけついて行くんですか?」
片手を上げて恐る恐る聞くと、横でユキが高らかに笑った。
「大丈夫だ! 俺も一緒だよ、そんな不安そうな顔するな」
肩を抱き寄せられてユキの体温を感じると、このどうしようもなく緊張する場面で、ホッと心が休まる気がした。
「飛翔さんでも50年行けないのに、僕がこんなに早く現世に上がっていいのかな……」
「真里の知り合いのいない地を選ぶから、心配しなくていいぞ」
そっか、やっぱり知り合いと鉢合わせるのはマズイよね。そうなると、両親の様子を覗きにいく……なんてのも難しそうだ。
自分でも困り顔をしていたのは分かっていて、そのままユキを見上げると、優しく頭を撫でられた。
早く自立してユキと肩を並べたいと思っているけど、こうやって甘やかしてもらえるのも凄く好きで……撫でるユキの手の感触に癒される。
「日程が決まったら連絡してくれ、準備しておく」
「よろしくお願いします……真里様、現世へ行ける頻度はそう多くないですから、何かしたい事があれば考えておくといいですよ」
ハルキさんにそう言われて、やれない事を悔やむより、やれる事を考えようと思った。
「……はい!」
ユキが僕の頭をまたくしゃくしゃと撫でて、魔王様に一礼したのでそれに僕もそれに追従した。
謁見の間の出口には、当然入る時にも居た覇戸部さんが仁王立ちしている。デカくて威圧的で、相変わらずピリピリとプレッシャーを乗せて僕を睨んでいる。
僕が覇戸部さん側に居たからか、ユキがまた僕を庇うように場所を入れ替わろうとしたので、ユキの手を握ってそれを遮った。
前回ユキが前を通る時、覇戸部さんがユキの髪に触れようとしたのを僕は忘れていない……僕の大好きなユキの髪に触れさせたくなかった、なんなら残香さえも嗅がせたくはないんだ。
「覇戸部さん、お疲れ様です!」
全力の作り笑顔で声を張ると、言われた当人は目を見張りながら眉根を寄せた。何も言い返してこないのは想定通りだ、別に挨拶してほしいわけじゃない。
僕がユキの手を引くように早歩きでその場を通過したら、ユキはずっと可笑しそうに僕に引っ張られながら笑っていた。
「真里、お前最近図太くなってきたよな」
「だって……自己主張しないとこの世界は食われる一方だよ」
「いいな、俺は真里の気の強いところが好きだ! 嫌なものは嫌でいい」
それなりに距離を取ったので歩くスピードを緩めると、ユキがギュッと僕の手を握った。
「……覇戸部さんと仲良くしなくてもいい?」
「必要ない、あっちもそんなつもりないだろ」
「ユキの行動に強制はしないけど……あんまり仲良くして欲しくないとも、思ってるよ」
わがままを言っているのは分かってる、ユキと覇戸部さんは五百年くらいの付き合いになるらしいから、年月で僕が勝てない事はどうしようもない事実だ。
「何言ってるんだ全然仲良くないだろ、悪い奴ではないけどな……あいつが嫌いか?」
「……嫌いと言うより、ムカつく」
歩きながら不服を言うように下唇を突き出すと、ユキが楽しそうに僕の言葉を引き出してくる。
「どうムカつく?」
「だってずるいじゃないか、ユキに告白もしないからフラれもしない……フラれてないから諦めないなんて!」
込み上げた腹立ちをムスッと顔で表現すると、ユキが吹き出すように笑った。
「一応言っておくが、俺はあいつをフってないわけじゃないぞ!? 散々"お前は無しだ!"と言い続けてるからな」
「それならあの人はめちゃくちゃタフなのか、相当なポジティブ思考の持ち主だね」
「覇戸部にポジティブなんて言葉、似合わないにも程があるな!」
ユキは変わらず可笑しそうに僕との会話を楽しむ、僕がこんなにもユキの事が好きで、大切で、僕だけのものにしたいと……独占欲を隠せない気持ちも、全部伝わればいいのに。
「そうやってキリッとした顔つきをしていると、俺の手で甘く可愛らしくなる真里を思い出して……クるものがあるな」
ユキが顔を崩しながら僕を覗き込んできて、周りに誰も居ないとはいえ、野外でそんな話をされる事に耳が熱くなる。
「な、なんの話っ……!」
「真里が俺の気持ちを疑うから、今夜もたくさん可愛がってやりたいって話さ」
「疑ってない! なんでそんな恥ずかしい話、こんなところで」
ユキから目を逸らすと、また手をギュッと握られて、その手の握る強さと温かさに……恥ずかしいよりも嬉しいって気持ちが溢れてくる。
「これから同じ事務所で過ごすからな、悪戯したくならないように、今のうちに可愛い顔を見ておこうと思って」
そうだ、今から僕が向かう場所は管理課じゃなくて、ユキの部隊の事務所なんだ。
チラッとユキを見上げると、ユキはまだニコニコしながら僕の方を見ていて、思わず僕もニヤけてしまう。
「これからは昼もユキと一緒に居られるね」
って言っても、この世界はずっと夜仕様だけど。
ユキの手を僕からも握り返すと、犬耳が後ろに伏せてフニャッと嬉しそうに顔が緩む。
僕の上司で恋人は、可愛いがすぎる。
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