魔界編:第5章 維持部隊

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不浄なもの  足元を見ると金色の丸いものが落ちていた、それはコインのように見えるけれど、この世界の財布は身分証と一緒になったカード状の筈だ。なぜ通貨のようなものが? と、疑問に思いつつ加速した飛翔さんについて行く。 「あそこのオヤジは走れねぇから、結構狙われることが多いんだ」 「……それは、許せませんね」 「だろ!?」  憤った様子の飛翔さんがさらに加速する、置いていかれることはなくその速さについて行けてる。飛翔さんが僕が追いつける程度の速さで、走ってくれてるのかもしれないけど。 b02d94d0-e892-4dae-a9a7-b446badb1831  二人組の背中にかなり近付いた時。 「オラァ、それ返せーっ!」  と、隣で飛翔さんが大声を上げた。  ここで声を上げたら逃げられるんじゃ!?  案の定チラッと後ろを振り向いた二人は、僕たちを引き離すために加速した。 「待て逃げんなーっ!」  なるほど、飛翔さんが逃げ切られる原因はコレか……でも黙って捕まえるとか性分じゃ無いんだろぁ。 「真里っ! ヤバイ! この先道が分かれる!」  それなら相手は二手に分かれるだろう。 「僕は左に行きます!」 「いや、飛ぼう!」  飛ぶ!? 飛ぶってどうやって!?  あ、悪魔だから羽根が生える!? いいや! そんなところ見たことない!  僕の胸を押さえるようにして急停止して、飛翔さんがバレーボールでもするような構えをする。 「打ち上げるから飛べ!」  いつぞやサッカーボールのように蹴られたのをふと思い出した、今度はバレーボールか!  普通ならそんな思い切った事、実行に移せるわけなかった。でも捕まえるって言った飛翔さんに応えたい、何より僕があの二人組を許せなかった。  息を呑んで飛翔さんの重ねた手に飛び乗ると、凄い力で下から打ち上げられた!  結構な高さまで体が浮いて、結構な速さで二人組の頭上を飛び越える、怖い! 怖い! これめちゃくちゃ怖いっ!!  内心悲鳴を上げながら着地の前に足元に風を送って衝撃を和らげる、高いところからの着地はユキに仕込まれた。気絶さえしなければどうとでもなるって言われて、僕はとにかく防御関係を徹底して叩き込まれた。  目の前に着地した僕に驚いて、二人組が足を止めてくれた! そのまま襲い掛かられたら対処できたか分からなかったけど、止まってくれたならこっちのものだった。  ユキが以前使っていたボルト状の捕縛具を魔力で生成する、手元で作るときは小さく……ただのネジみたいな大きさだ。これを目標目掛けて投げる! 当たると大きくなって、青白く光るそれは標的を一番近い地面や壁に打ち込む。  無事ボルトは命中して、二人組は床に倒れ込んだ。多少なりと痛いらしく、それが胸に刺さった瞬間は呻き声が聞こえた。  前から打ち込んだので二人は仰向けで倒れていて、飛翔さんと二人組の元まで近寄った。 「クソっ! ツイてねぇ!」 「ハッハッハー! 残念だったなぁ!」  未だ諦めていないようにじたばたする犯人を、飛翔さんは両腕を組んで見下ろした。台詞はまるで悪役のようだ。  ……ん? あれ? この二人組どこかで見たような気がする、この胸に刺さったボルトも既視感が……。 「あっ、あの時の!?」 「ん? 真里の知り合いか?」  間違いない……この二人組、僕がまだユキに悪魔にしてもらう前に、僕をボッコボコにしてくれた二人だ。 「知り合いというか……」 「知らねーよお前なんかっ!」  飛翔さんになんて説明しようかと迷っていると、一人が地面に倒れたままギャーギャーと喚き散らしている。  あれだけ人を殴る蹴るしておいて、覚えてないなんて心外だ。僕からすればあの事件はかなりの恐怖だったし、ユキが来てくれなければそのまま魂ごと消滅してたかもしれない。 「この人達には僕をサッカーボールにしてくれた借りがあるんですよね」 「サッカーボール!?」 「殴る蹴るでボコボコにされて……しかも忘れてるなんてますます許せませんね」  飛翔さんにどうします? とばかりに目配せすると、ははーんと察したように飛翔さんがニヤリと笑った。 「オーケーオーケー! この世界はやられたらやり返すは鉄則だぜ! 人間サッカーなんてはじめてだな」  飛翔さんが暴れている方の男の横腹を、トントンと靴の先で突く。もちろんそんな事やる気はないし、飛翔さんもそんなつもりは無い筈だ、僕の報復に乗ってくれているんだ。 「なっ……だから知らねぇって!」 「……もしかして、あの時の霊魂なんじゃ」  大人しくしている方が察しがついたのか、僕の顔を見て青ざめている。 「あの時魔王様に連れて行かれたのに、まだ懲りてないんですね」  そう言うとうるさい方も思い出したように青ざめた、二人とも思い出してくれて何よりだ。人に酷いことをしておいて、やった方は忘れてるなんてよくある話だけど、やられた方にだけ忘れられない傷が残るなんて……そんなのは不公平じゃないか。 「なんで、あの時の霊魂が!?」 「絶対にやり返さない相手を選んだ筈なのに、残念でしたね」  相手が自分より弱いと見れば平気で傷つける、相手が抵抗できないのをいいことに暴力を振るう、こういう奴らが心底嫌いだ。 「あ、あれは追いかけられててむしゃくしゃしてたんだ!」 「そうだ、もう二度とアンタには手ぇ出さねぇからよ!!」  二人組が僕を見上げながら、引きつるような作り笑いでそんな事を言う。こんな人達の存在を許すなんて、この世界は存外優しい……。 「別に構いませんよ、もうあなた達にどうこうされる事なんて絶対ないですから」  "ナメてかかってくる奴は力でねじ伏せろ"そう言ったのはユキだ。僕には幸いにもユキと並べるくらいの魔力量がある……実力を問わず、魔力量の差は相手に恐怖を与えられる。  しかし相手を恐怖させるほどのプレッシャーを放つには、怒りや憎しみなどの負の感情が必要だ。これは僕の苦手分野だけど、この二人に対しては何の心配もない。  自分に行われた理不尽な暴力も、盗みに入られた店のオヤジさんの腕の傷も、思い出しただけで沸沸と怒りがこみ上げてくる。  一歩近寄ると、二人の瞳は一瞬で恐怖の色に染まった。背中がグッと熱くなって、見下ろして怒りを叩きつけるようにその熱を声に乗せた。 「誓って下さい! 二度と人を傷つけないと!」 「あっ……熱いっ! アッ」 「やめっ、誓う! 誓うから!」  この場をやり過ごす為の嘘に許す気など到底起きない、苛立ちから背中の熱さが増した。 「うわあああ燃える! 燃えてる!」 「消してくれ! 誰かっ!」  二人が苦しそうにのたうち回っているが、炎は視認できない……そもそも燃やそうとするプレッシャーは放っていないはずだ。  二人の様子に気を取られると、プツリと緊張の糸が切れたかのように自分の心が静まった。やっぱり……強い怒りを持続するのは難しい。  しかし対象の二人を確認すると、ぐったりと動かなくなり、完全に意識を手放しているようだった。 「……今の、燃えてませんよね?」  恐る恐る飛翔さんを見上げた。  ユキに魂を燃やすなど言われた、魂の傷は治りが遅い上、火傷は特に酷いらしい。ユキとの約束を破るわけにはいかない、なのに飛翔さんは腕を押さえて顔を青くしている。 「燃えてねぇ……けど、一瞬燃える幻覚を見た、かも」 「幻覚……ですか?」 「腕に一瞬炎が見えてビックリしたけど、すぐ見えなくなったから多分幻覚。直接プレッシャーを浴びてない俺でもそんなだから、こいつらは全身が燃えてるように感じたかもな」  ちょっと脅かすくらいのつもりだったのに、失神するほど怖がらせてしまった……。でもこの人達に申し訳なさなんて感じなくて、これで少しは懲りてくれれば良いとさえ思った。 「この人達、悪い事しなくなりますかね?」 「どーだろーなぁ……魔王サマんとこの懲罰房でこりてねぇんだから無理じゃねーか?」  二人組を飛翔さんと縄で縛り上げながらそんな会話をして、思わずはぁ……と溜め息がでる。  人間は生まれながらに善なのか、悪なのか。  性善説とか性悪説とかよく言うけど、本当のところはどうなんだろか。僕の見解としては人による……ってところなんだけど、じゃあ生まれた時の性格はなにに由来するのか。  遺伝……だとしたら僕の体に流れる血は、きっと汚物に違いない。
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