笠木 大都

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笠木 大都

桜の木はまだ蕾がちらつく程度で、そのほとんどは枝が剥き出しになっている。お世辞にも満開とは言い難い景色の中、今日は3月7日、 卒業式だ。 先輩のいない部活はどんなだろう。 うちの部活は3年生が半数を占めていたので、がやがやと楽しかった部活の喧騒が、単純計算で半分以下になるということだ。 形容し難い虚しさと、自分が最高学年になるという緊張で、胸がつかえる。 「卒業だね」「寂しいね」などと、ありきたりな会話を、同期の男子、森嶋と交わす。でもこれが自分が言語化できる限り精一杯の言葉なのだ。 ふと森嶋が違う人の所へ行った後、卒業生の菅田先輩が話しかけてきた。 彼はスガさんスガさんと親しまれる部長であり、優しく明るい幼馴染みの先輩だ。しかし最近の彼は、どうも常に表情に影を持つ‥ような気がしてならない。 「あの‥笠木、あの、な?」 スガさんはゴニョゴニョと言いづらそうに話す。 「あの、森嶋の、話なんだけど‥」 「はい?森嶋、ですか」 スガさんはしばらくためらった後、「あいつ‥女友達多いよな」と掠れた声で呟いた。   「え?あ、はい。まあ、あいつイケメンでいい奴ですしね」 スガさんは何が言いたいんだ? しかし、俺の返事に対し、スガさんはなおの事わたわたと焦ったように、 「そ、そうだよな。いや、あの、なんか‥その‥」 そして、 ちょっと嫌というか‥モヤッとするんだ、と蚊の鳴くような声で呟いた。 俺はそこで何となく勘付いた。 「スガさん、まさか」 「いやいや!」 俺が聞こうとすると、スガさんはパッと顔を明るくして誤魔化した。 「まあなんだ、あいついい奴だよな!うん!さ、1年の時の教室でも見に行こうかな!」 と言い、へへ、と恥ずかしそうに笑った。 2年前1年生の教室だった場所で、スガさんは大はしゃぎで教室中を見て回った。 それを見て、なんだか無理をしてるのかな、とふと俺は思った。 「スガさん」 「えー?」 「いいんすか、森嶋。スガさん上京するし、会えるの、最後じゃないっすか」 俺がそう尋ねると、 「はぁ〜?なんの話?笑森嶋だけ何で特別扱いなのさ!」 と笑い飛ばした。けれど口元は若干辛そうに引きつっている。幼馴染みの勘を舐めるな。 俺はじっとスガさんを見た。 しばらくして、観念したようにスガさんはすとんと近くの椅子に座った。 そして 「言えねえよ‥」 と言い、くしゃっと顔を歪ませた。 遠距離だから?男同士だから?森嶋がイケメンだから? 色んな疑問がよぎったが、何となく全部のような気がした。 「あいつには女テニの水原とか似合いそうだな!美人だもんなあ。いや、うちのマネージャーの大宮も可愛いな」 などといつものように明るく言ったが、目には大粒の涙が浮かんでいた。 それをこぼれ落とさせまいと堪えてる姿を見て、俺は何だか居た堪れない気持ちになった。 確かに、容易にLGBTが受け入れられる世の中じゃない。なんと言えばいいのか。 下手に背中を押して傷つけたら‥? 大丈夫なんて、赤の他人の俺の言えた事ではないのだ。 しばらく考えて、俺は両手を大きく広げた。 「スガさん。俺はスガさんがいないと寂しいんで慰めてください」 それを聞いたスガさんは、きょとんとした顔をして、それから、「慰めるの下手くそか」と少し笑った。そして、 「よしよーし!寂しくないぞぅ、いつでも連絡してこいよ〜」 と俺を抱きしめ、頭をわしわしと撫でた。 俺が抱きしめ返し、「無理しないでください」と呟くと、スガさんはピタリと動きを止め、そしてぼろぼろと泣き始めた。 溢れ出る嗚咽に、この人はこの恋を何年独りで抱えてきたのだろうと思った。 きっと誰にも応援してもらえないからと、 封じ込めてきたのだろう。 でもそれは俺も同じだ。 当て馬とはいえ、最後のいい思い出になった。
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