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6/2 いわしの蒲焼き
「軽い!」
私をふざけておんぶする人は、口を揃えてこう言う。自慢じゃない。
トン。爪先から廊下に降り立つ。ふたば中学女子テニス部の梅雨名物、「雨練」。数ある練習の中では割と楽しいほうだ。交代でおんぶしながら廊下を早歩きしたり、休憩がてら会談でグリコをしたり。
「サクちゃん軽いよ! 骨?」
私をおんぶした華ちゃんは前のめりで聞いてくる。
「ご飯食べてる?」
「食べてる。でももっと食べなきゃだね。体力なくって」
「そうだよ。もっと白飯食べな!」
口が裂けても言わないけど、華ちゃんはご飯の量を減らしたほうがいいと思う。みんなが早歩きどころか走って横をすぎていくけど、体格も体重も人一倍の彼女を背負って同じことができるか? って聞かれたら、みんなできないはずだ。
そういうことにしたいけど、絶対そうか? って聞かれたら、言い切れる自信がない。
何度も何度も廊下を往復していく。人より少し遅い私は、情けないことに放課後の教室も横目に見れる。そこでは吹奏楽部の人たちが各々練習していた。
吹奏楽部の練習ってどうしてこう、頭の中がぐしゃぐしゃするのだろう。本人たちは自分の楽譜と楽器でてんてこまいだから気づかないだろうけど、いろんな音が混ざり合ってごちゃごちゃしているのは、傍から聞くと結構きつい。
「1、2!」
ふと、背中の重さとは別に、聞いたことのある声が私の意識をとらえた。
声の源は私のクラス、2年4組の教室。クラリネットをもった人たちが練習していた。その中に林くんはいた。同じクラスで隣の席ということもあり、彼の声だとすぐに分かった。
小柄で細い彼のあだ名は【いわし】だった。給食の時間、誰かが「林っていわしっぽくねぇ?」って、いわしの蒲焼きを橋で掴みながら言ったから。
あだ名って言い方は便利だと思う。「あだ名」は悪口じゃないから。たとえどんな意味が込められていようとも。
女子の中では背が高い私にとって、彼と隣で並べられるのは避けたかった。【いわし】の隣に背え高ノッポ。発言権の強い男子が見たら、明日から私は【キリン】か、【ゾウ】かもしれない。
そんなことを思いつつ廊下を駆けていく。今度は華ちゃんの背に乗って、またクラスの前を通り過ぎる。
「1、2」
声のすぐ後のことだった。
耳が震える。耳だけじゃなく、皮膚に広がるようなしびれ。【いわし】の林くんの楽器は低い音を鳴らし、ぼんぼんとリズムを刻みながら音を奏でる。あの楽器は何だろう。クラリネットっぽい色だけど、形がほかの人と違う。
「10分休憩します!」
「はい!」
先輩の声に返事が遅れてしまった。彼の楽器が頭の片隅にいて、目が離せなかった。
「サクちゃん、水筒飲む? 今日ポカリにしたんだけど」
「飲む、のみたい」
なんだ、全然【いわし】じゃないじゃん。私はどこか嬉しいような、湧き上がってくる温かい感情を抱いた。
体に広がる甘いポカリの味でも、彼の低い音のしびれは、消せずにいる。
私ももう少しだけ頑張ってみるか。なんて、らしくもないことを考えちゃったりするのだ。
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