5/27 餃子

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5/27 餃子

 餃子の匂いがする香水がほしい。餃子型の瓶にニラをイメージした濃い緑色のリボンで、パジャマがわりに纏って寝たい。 「じゃあ、また月曜ね」 「お疲れ!」 「お疲れ様でした」  庶務課で定期的に開催される飲み会は、いつも9時前に終わる。今日は駅前の餃子バー。歳の離れた上司はお酌を強制しないし、酔っても説教垂れないから、私はつい飲みすぎてしまう。  すごく楽しい時間が続くと、今が人生の最高潮で、この先これを超える喜びがないんじゃないかって不安になる。今までだってそうだったから。  義務教育を受けていたころは、学校でどんなにいいことがあっても家に帰っては殴られていた。高校は家に帰らないことが増えたからなんとか無事だったけど、大学生のときと前の職場で働いていたときは、勝手に上がり込んできた彼氏が酒をあおっていて、疲れた私へ「つまみがない」と怒鳴り散らした。  今働いている印刷会社は、本当にいい人ばかりでいつも驚いてしまう。去年まで死んだ顔していた私がいたことを忘れてしまって、そんな自分に驚いてしまう。  楽しい時間ってなんであんなに早く過ぎてしまうのだろう。何か残るものがほしい。これから先、今まで積み上げてきたすべてを台無しにされることがあってもいいように。  スマートフォンの通知音が鳴る。上司か同僚の連絡かと、慌てて鞄から取り出したけど、脱毛サロンの広告メールだった。  きっとこの広告メールもしばらくは覚えているかもしれない。空想でしかない香水の代わりにも、この帰り道の星空の代わりにもならないけど。この足の軽さを思い出す引き金が、ずっと前から欲しいのだ。
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