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5/31 ヨーグルト
無性にヨーグルトが食べたい。大きい容器のやつじゃなくて、ギリシャヨーグルトじゃなくて、ヤクルトの自販機に100円で売っているやつ。
「小林、やっぱフリーみたい。ね、よくない? 背高いしさ」
「あー、確かに」
「ひょろっとしてるって言えばそうだけどさ。あれぐらいのほうがいいんだって。和樹なんてさあ」
あ、来ました来ました。彼氏の和樹くんの話。大学の食堂で話すには無難な話題。
目の前の亜香里は、弾んだ声で延々と彼氏の愚痴もどきを続ける。バスケのドリブルをひたすら見せられてるみたい。あたしにボールは回ってこない。
ほかの話ならそれでも楽しいのに、どうしてこの話題だけは退屈に襲われるのだろう。いつも別のことを考えてしまう。今日はヨーグルトが食べたくて頭がいっぱい。
「まじで?」「それやば」「超笑うんだけどそれ」
この3つを振り回していれば、亜香里は満足する。そして最後に
「ごめんね長話しちゃって。ひかり、聞き上手だからさ」
「ええんやで」
あたしは似非関西弁で会話を〆る。この繰り返し。それしかできないのだ。
あたしはそんなに聞き上手じゃない。自分から話すことが苦手なだけ。自分が感動したものとか、好きなものとか、話したって無駄な気がする。
亜香里はすごい。あたしみたいな性格の悪い女にも話をしてくれるし、つまらないあたしの話も拾ってくれるし、たとえドリブルの会話でもずっと楽しそうに、そばにいてくれる。
亜香里、あたしに同じサークルの小林くんを勧めないで。今度行く韓国旅行とか、今食べたいものの話をしようよ。
あたしは今、ヨーグルトが食べたい。学食のやつじゃなくて、ダイエットに良いやつじゃなくて、昔家に来たヤクルトの販売員が売ってたやつみたいな。兄と喧嘩したときに内緒でお母さんがくれた、つるつるとしたヨーグルト。
「亜香里、あのさ」
「ん?」
もう彼氏の話はいいの。なぜかわからないけど、その話を聞くとあたしは、なぜか、
「なんでもない」
「なんだそれえ。あ、小林くんそこにいんじゃん。ね、声かけて」
「無理無理。初対面だし」
「ちょ、前サークルの飲み会で話したでしょうよ」
ヨーグルトを食べて、どうしようもないこの胸の穴を塞ぎたくなる。
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