球技大会の話

27/55
前へ
/110ページ
次へ
「ほら、その足、手当てしなきゃだから」  そう言って再度差し出された土屋の手。  少し迷ったが、ありがたくその手をとると、土屋は満足そうに笑った。  そうして保健室に入り、扉の近くにある長椅子に腰を下ろす。  保健室に入るのは、去年の球技大会で怪我をした真鎖の様子を見に行った時以来だ。  中を見渡せば、なんとなく、ここだけ時間の流れがゆっくりになっているような気がした。  恐らくは、球技大会の盛り上がりとは真逆の、のどかな静かさが場に立ち込めているからだろう。 「あれー、ケンケン居ないね」 「ケンケン…?」 「あ、こんな所に置き手紙…?なになに、『しばらくの間、席を外しています。第一体育館に居るので、何かあったら呼んでください 大久保』…」  土屋はデスクの上にあった紙を発見し、そこに書かれている文言を読み上げた。  それでやっと思い出す。  確か、この学校の保健室の先生の名前は『大久保(おおくぼ) (けん)』だったはず。  土屋の言う『ケンケン』と言うのは、大久保先生のことを指していたのか…。 「んー、じゃあいーや、とりあえずは俺がやっちゃお」  土屋は少し考えた後にそう言った。 「は!?いや、お前が!?」 「うん。ケンケンが来るまでの応急処置だけどねー」  そう言って土屋は慣れた様子でビニール袋や氷などを取り出した。  それを見て、俺は不安な気持ちになる。  土屋の手当てとか…正直、あまり信用できる気がしないのだが…。 「土屋、別に俺の手当てとかまでする必要はないぞ…」 「遠慮しなくていーよ」  土屋はそう言いながら、手に持っていたビニールに氷と水を入れ、その口を縛った。  そして、俺の座っている長椅子の端に腰をかける。 「かけるん、椅子に寝転がって、ここに足を置きなよ」 「は?」  俺の方に微笑み、自分の膝の上を軽く叩きながら言う土屋に、思わず素っ頓狂な声が出た。  こいつ、自分の膝に足を置けと言っているのか?どうしたのだろうか、全く意図が分からないが…ご乱心か?  困惑していると、土屋はそれを察知したように続ける。 「理由は忘れたけど、怪我したときは、患部を心臓より上に上げた方が良いんだって〜。あと、オレの膝の上にある方が、かけるんの足に氷当てやすいし」 「な…なるほど…」  思いの外まともな理由にそれしか言葉が出なかった。  こいつ…何にも考えてなさそうで、変なことをする奴のように見えるが、一応行動には理屈があるのだな。  そう言えば、先程、サボろうと言って無理矢理俺をここに連れてきたのも、もしかしたら、一重に俺の足のことを考えてのことだったのかましれない。  だとしたら、こいつ、結構良い奴なのではないか…?  そんなことを考えていると、土屋は「ほら、早く早く〜」などと言って、再び膝を叩く。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

523人が本棚に入れています
本棚に追加